第51話 秘密公電

昭和14年の春、 

有田外務大臣に団子を渡した時の長岡駅のホーム


 田中(菊松きくまつ)大佐は、何かに気がついたようだ。


 宝剣ほうけん乃亜のあが食べている笹団子を見て、

「そのいた笹の葉、ぶちゃって(捨てて)くるすけ」と流ちょうな長岡弁で

 宝剣から笹の葉をもらい、


そして奥山少尉に

「おめさん、あそこのくずカゴに投げて(投げ捨てて)くんねろっか」と手渡した。


「おい、そこの団子屋!」

 私(本間花音ほんまかのん)はドキッとして振り返ると憲兵がいた。


「さっき、団子を渡した時に、何か手紙みたいなものをもらっただろ。見せてみろ!」

と言ってきた。

この憲兵隊も不審である。


「は?おらが何したてが?えらいしょに団子持ってったばっかろがね!」

(私が何をしたというのだ。エライ人に団子を持って行っただけだろうが)

と田中大佐が長岡弁で答えた。


「貴様、我々に見せられないものでも持っているのか?」


「おめさんが、そんげ言うなら、見せるこってね」

(あなたが、そんなに言うなら、見せるから)


 外務省の罫紙に「山本殿、お気遣いありがとう、有田」

 とだけ書いてあった。


 ※「罫紙」とは役所用語で各省庁名入った便せんである


 憲兵はその手紙を見て、「わかった。返す」と威張った様子で突き返した。


憲兵が帰ったあと

「なにあれ、感じわるー」

「アレが憲兵ってもんだ」


 ガサガサ・・・むしゃむしゃ

「おい、宝剣、まだ笹団子を食ってんかい!」


「はらくっちゃなったてー」

(お腹いっぱいになったよー)


「乃亜、ところでなんであんた、長岡弁が流ちょうなん?」

「ばあちゃんが長岡に居たことあるってさ」


 ◇◇◇


 数日後、海軍省 次官室


 コンコンコン・・・


「田中君か、入りたまえ」山本(五十六)次官の声が返ってきた。


中に入ると、次官は応接テーブルにお爺さんみたいな人と将棋を指していた。


「次官、その方は?」

「田中君、君は東京和同会※でこの人に声を掛けなかったというのはホントか?」


 ※東京都内在住者の長岡中学・高校同窓会のこと


「このかたは何方どなたでしょう?」


「小野塚という名を覚えているか」


「ああ・・・名簿に『退学』と書いてあって、事務局に聞いたら退学処分を受けた人と答えたから、てっきり……わたしは招待状を出さなくて良いと言った覚えが……」


「ばかたれ、おまえみたいな大胆なヤツは初めてだ!」


「この方は?」

「前東京帝国大学総長・小野塚喜平次おのづかきへいじ先生だ。そんなことも知らないのか!突然、次官室に来られて、丁寧に『私に案内状が来てないのですが』とおっしゃってたぞ!」


「すみません!閣下、とんだご無礼を!」

「山本君、君は楽しい部下をもったねぇ。また一番たのむよ」


「はい、先生、またお越しください。あとで案内状を送付いたします」


 そう言って小野塚喜平次先生は帰っていった。


「まったく、君は……ところで、例のモノがあると?」

「はい」


 田中菊松大佐は、ソファの山本次官の横に腰掛けた。

 そして先日、有田八郎外務大臣からの手紙を見せた。


「次官、先般亡くなられた斎藤博駐米大使が作成したアメリカでの公文書や報告書、稟議ひんぎ・りんぎ書、そして復命書などを大臣自ら調べたそうです。それの要約をいただきました」

「なにかあったか?」

「斎藤大使は謀殺された可能性があると……」

「何?」

「日米関係を悪化を企む者の存在に気がついていたようです」


「それはなんだ?」

「ソ連です。ソ連はアメリカ内部にスパイを多く浸透させています。共和党、民主党への工作を行って対日関係悪化の工作を行っています」


「それはなんとなく分かるが……そして、斎藤大使は何をつかんだと?」


「わが国の陸軍がドイツと行っている交渉がザルのように……ソ連に筒抜けになっています」

「なんだと?」

「斎藤大使はアメリカ側の情報局から得たのか……」

「はい。極秘電では、陸軍上層部は外務省の知らぬところで、ドイツと同盟を結ぼうと画策しています、大島浩おおしまひろし駐独大使と内密にです。彼は陸軍出身ですから外務省を通さず陸軍と直接やりとりをしています」


「斎藤君は、その人物を特定したのか」

「確証できません。でもオイゲン・オット(ドイツ)大使から漏れている可能性もあるとのことです。大島浩駐独大使とリッペントロップ外務大臣(ドイツ)のやりとり、さらには兵力の配置など、すべてソ連に伝わっているのです」


「これは内密にしろ。あの長州閥のさくどもが…外務省を通さないからこうなるんだ」


「どうします?」


「とにかく、私はドイツ人と接触するなと下命しておく。君の拳銃はワルサーだったか。弾はあるのか」

「ワルサーPPKです。弾はすこしばかりですが……」


「君はこれを使ってくれ、コルト・ガバメント、アメリカ製だ。弾も渡す。これからドイツ商人には一切近寄るな」


 そう言って、山本次官は次官室に装備してあった拳銃を取り出した。


「承知しました。あとは護身用に何か持っているか?」

「あとはベレッタm1934ですが、すこし使いにくくて……」

「君は銃マニアか!」



 ◇◇◇


 私(本間花音)と宝剣乃亜は、瞽女ごぜの石崎タツにつれられて、長岡の大工町の瞽女の頭である山本ゴイの屋敷を訪れた。そして瞽女見習いの身分証明書をもらった。


 すべて手はずが整えられていた。


 私、本間花音と宝剣乃亜は瞽女の一員となった。


 ただ、もう一つ、田中菊松大佐から、海軍調査課の嘱託員の任命状を見せられた。その辞令はその場で田中大佐が回収した。私たちは諜報員となった。


 そして山本五十六海軍次官は、みずから提言し内閣に設置した内閣情報部の強化を命じた。

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