第49話 長岡駅の団子売り

 長岡駅に到着したら、ものものしい警備だった。


「時間がないからな、早く支度しろよ。瞽女ごぜのタツさんは俺が警護する。おカノ(本間花音ほんまかのん)とおノアは、田中大佐について行動しろ」


 長岡駅の売店付近で、ここで魚の行商箱を交換した。


 私(本間)と宝剣乃亜ほうけんのあは団子屋の娘に姿を変えた。


 そして田中大佐が団子屋の若旦那のように扮して、前掛けをつけてきた。


「わ、笹団子これ出来たてじゃん、食べて良い」

「ばかたれ、ひと仕事あるんだ。売り物に手をつけんなよ」

「ちぇ、ケチ」


 警備がものものしい。

 警察官、憲兵があちらこちらに配置されている。


 田中大佐と私、宝剣は駅弁の売り子になって、長岡駅のプラットホームに入っていった。


 田中たなか菊松きくまつ海軍)大佐が言う

「君たち、あの警備は変だと思わないか?」

「何がですか?」

「巡査がいるだろ、それを憲兵が見張っているように見えないか」

「そういえば、ああ、変ですね」


 団子を売らない団子屋というのも変だが、「準備中」と上に紙をおいて、来る客に断りをいれた。


 瞽女のタツさんは、民間人に扮した奥山少尉に手引きされて、少し離れたところいる。


 長岡駅のホームがガヤガヤとして、要人が入ってきたようだ。

 さらに警護が厳しい様子だ。

 その要人は一等客車に入った。


「いくぞ」田中大佐が言う。

 一等車にその要人は居る。

 窓の脇にも拳銃を持った警備が着いている。


 団子屋のふりをした田中大佐は、その要人の座っている窓の近くに行った。

 私たち二人もついていく。

 手ぬぐいを「あねさ被り」しているので、顔の輪郭はわからないだろう。


「ちょっと、団子屋、止まれ!」警備の者が言う。


「なんらろ?おらなんかしたけ」

 田中大佐は長岡弁で答えた。流ちょうな長岡弁だ。


「近づいてはならん」

「おらった(私たち)、差し入れを頼まれたんだいね。いいろ?」

「誰からだ、手紙か何かを持ってるか」

「ほら、見てみ」

「山本五十六海軍次官……わかった、早くしろ」

「どうも」


 私とノアは田中大佐について、窓の前に来た。

 田中大佐は汽車の窓ガラスをコンコンと叩いた。


 恰幅のいいメガネを掛けた紳士が座っている。


「有田(八郎)外務大臣、差し入れの笹団子です」

「田中君か。わかった。これは私からのお礼の手紙だ」

「まいどあり」


「その後ろの娘が、山本(五十六次官)君が言っていた子かね」

「そうです」


 まわりの警備の警察官少し離れたところから

「はやくしろ」と言った。


 有田八郎外務大臣が言う

「私は市井しせいの人の声を聞きたいんだが。団子屋の娘さん、ドイツは戦争に勝てると思うかね?」


 私(本間)は答えた「ドイツは絶対に負けます」


 有田八郎外務大臣はにっこり笑った

「そうか、君もそう思うか」


 田中大佐が「まいどあり、少しオマケしておきますね」と笹団子を追加で渡した。


 大佐は団子屋の若旦那の様な商人のように、警備の警察官に頭を下げて、

 そそくさと一等車から去って言った。


 そして戻って、奥山少尉とタツさんと長岡駅のホームの荷物置場で合流した。


「あの人が外務大臣なの?」

「そう。佐渡、真野まののご実家に休暇に行く途中だ。途中、亡くなられた斎藤博大使の長岡にある菩提寺に墓参りに行ってきたところだ」


 この田中大佐って、いったい何者なんだろう……


 ん?


 ガサガサ・・・ムシャムシャ・・・

「この笹団子ばかうめー(とても美味しいという長岡弁)」


「こらぁ宝剣!またおめぇ、つまみ食いして!」



※有田八郎外務大臣 佐渡郡真野町出身


広田内閣、第一次近衛内閣、平沼内閣、米内内閣で外務大臣を務める。

日独防共協定を締結した外務大臣であるが、その後、米内内閣では日独伊三国同盟に反対し、陸軍幹部と対立することになる。

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