第47話 確保陣地死守命令

 敵の機関銃陣地を完全確保、占領したが、依然として敵はこの陣地の奪還を企図している。


 我々小隊(宝剣信一ほうけんしんいち一等兵)の兵力は30人程度だろうか。

 軽機関銃2ちょう、擲弾筒2筒


 この陣地に遮蔽物といえるものは殆ど無い。

 岩石の上に浅い砂地、小松がまばらに生えている


 聯隊本部から激励の品が届いた。酒、甘味品、タバコ


 私はタバコを1本いてフカした。


 だが聯隊長からの命令はこの陣地の死守である。

 この陣地を確保していないと、聯隊の南楼嶺なんろうれいの通過は不可能となる。

 この陣地の確保は作戦全般に大きな影響を及ぼす。

 

 「全滅を覚悟せよ。

  今の段階で援護は出来ない」


  それが聯隊長からの命令だった。


 タバコをフシしている間にも、パシュッツ、パシュッと機関銃弾が飛んでくる。


 塹壕の中に敵の残置死体がある。

 小隊長はその遺骸を土嚢どのうがわりに積み上げるように命じた。

 そして砂や土をかけて土塁の代わりにして、機関銃を据え付けた。


 遺体の障碍物しょうがいぶつとは気持ち悪い。


 このころには正気に戻っていたのだろうか。

 亡くなられた、この兵士には悪いが……


 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ、南無阿弥陀仏・・・

 

 右の台地より、間断なく、重機関銃の砲声が聞こえる。

 薄暮より敵は逆襲を企図しているように、叫び声が聞こえる。

 油断成らない状況にかわりない。


 聯隊は今晩、南楼嶺を通過する。それまでこの陣地はもつだろうか。

 わずか30人


 ふと、戦友の折笠巳之吉おりがさみのきちのハーモニカの歌を思い浮かべた。


 ふけゆく秋の夜 旅の空の

 わびしき思いに ひとり悩む

 恋しやふるさと なつかし父母

 夢路にたどるは さとの家路

 ふけゆく秋の夜 旅の空の

 わびしき思いに ひとり悩む


 湖北省の秋はつるべ落とし、夜は虫の音

 そして砲声と銃声が響いている。


 敵の逆襲はいつ来るか、いつ来るか、と銃を構えていたところに、

 将校伝令が来た


「聯隊は無事山頂通過を果たしたので、撤収せよ」


 小隊長が命ずる「全員撤収!」


 助かった・・・、全員、無我夢中で、暗闇の藪を走って行った。

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