第37話 出漁 

 漁師は夜に漁に出る。


 だが、石崎タツはその出漁に紛れて、漁船で船にのって別の港に行くことを私たちに伝えた。


 出漁の時間が迫った頃だ。

 目の見えないタツさんは、聴覚がとても良い。


「自動車の音が聞こえる。まずい」

「どうしたの?」

「憲兵隊の車かもしれない、いや、あのエンジン音はそうだ。奥山さん、お願い!」

 そう叫んだ。


 どこからともなく、若い漁師が私たちがいる番屋にやってきた。そして、

「さあ、荷物をまとめて。食べ物も風呂敷に包んで。船に案内する!」


 宝剣は急いでもらったチマキや焼き魚を笹にくるんだ。

「ラップない?」

「あるわけないじゃん!はやく」


 闇にまみれて、一つの漁船に乗り込んだ。

 タツさんの手を引いて引っ張って船に挙げた。


 タツさんの聴覚はビンゴだ。

 憲兵隊が車から降りてきて、そこらへんの漁師に聞き込みを始めた。

 だが、その漁師達はみな「どこかに出かけた」「野積(寺泊)の方に行ったんじゃないか」とウソを憲兵隊に伝えていたのだ。


 いったいどうしたことだ?このあたりの漁師さん。なにか変だが、非常にありがたい。


 その若い、奥山という漁師は、漁船の船頭に言う。

「はやくエンジンを」

「いま焼き玉をあっためてるから待ってなせ」

「ヤツらが来るぞ!」

「なかなか上手くいかんな…あ、エンジンがかかったわ」

「みんな隠れて!つかまってろ」


 ポンポンポン……と勢いよくエンジンが回った。

 他の船もエンジンを始動させて漁に行くように見せた。


 間瀬の漁師の漁船のエンジンが一斉にかかり、

 私たちの船が先頭になって、沖へ出て行った。

 他の船も一斉に出て行く。


 憲兵の2人は、そのまま立って、「出漁の時間か」と思って船団を眺めていた。

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