第35話 越前浜

 白山神社の例大祭で憲兵からも追いかけられることになった本間花音ほんまかのん宝剣乃亜ほうけんのあ瞽女ごぜの石崎タツにつれられて角田村かくだむら越前浜えちぜんはまの浄土真宗のお寺に泊めてもらった。


 本間花音と宝剣ノアは、お寺の客間で就寝した。畳の上で、布団に包まれて眠るのはもう半年ぶりのこと、ぐっすりと眠られた。


 今までの置屋の食事は、麦の入ったご飯に、菜っ葉の漬物、そして具は車麩くるまふ(金沢や新潟県などでバウムクーヘンの状の麩)が一切れという食事だったが、このお寺の料理は、イモの煮物や打ち豆の入った切り干し大根を煮たものなど、いままでお婆ちゃんの家で食べたような懐かしい食事であったが、久しぶりにご馳走を食べてとてもお腹が満たされた。


 お坊さんの優しさに嬉しくて泣いた。いままで食べ物を粗末に扱って、煮物がこんなに美味しいものだと感謝した。


 朝食は湯豆腐に生姜、醤油をかけたもの。


 昨晩と同様に精進料理のようだったが、住職のもてなしを有り難く思い、石崎タツとともに、篤くお礼を述べた。


 お寺の住職の姓は朝倉という。越前ゑちぜんの朝倉義景の末裔と言われ、織田信長の一向宗(浄土真宗)の弾圧からのがれて、越後の浜にたどり着き、この地を「越前浜」というそうだ。


「君たち、御上から弾圧を受けるようなことがあれば、この地でこの寺の門を叩くと良い。かならず我々が救う」とおっしゃった。


 瞽女の石崎タツさんがこのお寺を宿りにしていたのはそういうことだったのだろう。

 住職とお寺のお手伝いさんは、丁寧に昼の握り飯と、夜用に笹団子を持たせてくれ、そしてここを旅だった。


 昨晩、寝床に石崎タツさんは辰年ですか?と聞いて「そうだけど」と答えを聞いたら、じゃ30歳以上ですね、と聞いたらエラく怒られた。

 大正5年の辰年生まれだって。だからまだ20代。


 話し方が訛っていたので、かなり年上だと思っていたが、瞽女の姿でなければ、かなり若くチャキチャキのお姉さんだったのである。

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