第34話 黄華尖奪還作戦

 我(宝剣信一ほうけんしんいち一等兵)が部隊は洞盆嶺とうぼんれいの陣地の死守に成功した。


 しかしその時に、黄華尖こうかせんから佐藤軍曹が本部に転がるように伝令を持って来た。

 黄華尖陣地が敵に占領され、陥落したとのことである。


 敵は通山より夜半の濃霧に紛れて来襲し、この陣地を占領したのである。


 すぐに本部から命令が発令された。

 警備隊命令

 1、黄華尖は占領されたものの如し。

 2、第三中隊は速やかに黄華尖を奪還すべし

 3、砲兵は主力を持って黄華尖攻撃に協力。一部を以て洞盆嶺全面の敵を制圧す。


 洞盆嶺陣地を守備している時に、黄華尖陣地方面からの被弾が多かった理由がわかった。

 砲兵援護のため、黄華尖に派遣されていた歩兵1ヶ分隊は第2中隊である。

 奪還攻撃は第2中隊が行うべきであろうが、これは命令である。

 一刻も猶予できない。そこにいる兵を救護しなければならない。


 8時30分、中隊宿舎を大隊本部に向けて出発する。

 朝食の代わりに乾パンを一袋を渡された。

 約14から15人だっただろう。

 大隊本部に向かう途中だ。


 タタタタタタタ・・・という音とともに地面から土煙があがった

「黄華尖から撃ってくるぞ、急げ!」

 この機関銃音はチェコのシュコダ製の機関銃ではないか。敵の発砲に間違いない。


 本部に着き事情を聞くと、その小哨しょうしょう(小隊よりさらに小単位の部隊単位のこと)は第2中隊の担当で、山砲1門、軽機(関銃)、擲弾筒、小銃隊からなる特別小哨だった。

 昨晩の夜襲で守備隊は全滅したと思われる。

 黄華尖の小哨陣地は敵に奪われ、今では相当数の敵兵がそこに集結している。


 それを奪還せよ、との命令であった。


 我々は厳重に警戒しながら陣地目指して登り始めると、

 陣地の方から、敵の中国語の声がする。


 パパパパパパ・・・……

「伏せろ!機関銃だ!」


 ボンと手榴弾を投擲して炸裂する音が響く。

 匍匐前進ほふくぜんしんで敵の死角から這い上がり、頂上の陣地に向かう稜線にたどり着くと、50メートル先の、わが陣地に敵の姿が見えた。

 我々の数十倍の数はいるだろうか。

 我々の姿に気がつき、一層、烈しくこちらに向けて撃ってきた。

 ここで一歩も前進できず、釘付けになった。


 烈しい機関銃音と手榴弾が炸裂する音が響く。


 本部は、我々突撃隊が敵陣の近くに接近したと確認したのだろうか。


 黄華尖陣地、山の麓にある山砲隊に命令が下った。


「撃て!」

 山砲の一斉射撃が始まった。

 砲弾が一斉に我々の頭上をかすめて、キューンと飛んで行く。

 その瞬間にズドーンという炸裂音。

 そして何発も、何発も我々の頭上を砲弾が飛んで敵の集団に落ちて炸裂する。


 キューン、キューンと砲弾の風切り音が聞こえたと思うと、

 間髪を入れずにズドーン、ズドーンと土煙を上げて砲弾が炸裂、

 その後に後方で山砲を発砲する、ドン、ドンという音が聞こえる

 腹ばいになっているので、着弾の衝撃が腹からズシン、ズシンと伝わってくる。

 時々、至近距離に着弾して、バラバラっと土が降ってくる。


「まさか俺たちの所に落ちないよな」

「落ちたらお陀仏だ」

「ちくしょう、外すなよ!」


 このように敵陣の手前50メートルで張り付いている時間が数時間続いたが、敵も頑強に抵抗しているようだ。


 昼過ぎに「あと数発で砲撃を打ち切る、同時に突撃せよ」という命令が下された。


「着剣、突撃するぞ!」

「よし」

「いけー!」

 わーっと声を上げて、黄華尖陣地に突撃

 一気に数十メートル、坂を駆け上がる。


 そこには地獄絵巻のように敵兵の死体がゴロゴロ、バラバラになって転がっている。


 残りの兵がいる!


 我々の突撃を見て、敵は我々に背中を見せて逃げよう走り出した。


 敵陣の前で射撃体勢を取る

「撃て!」

 ガチャッ、パーン、パーンパーンと突入した我々が一斉に発砲した

 バタッ、バタッツと敵兵は撃たれ、次々と倒れていった。


 槓桿こうかんを引く、バーン、排莢・・・

 コトッと地面に薬莢が落ちる音、

 装填。パーン……


 しばらくして、この陣地は静まり帰った。

 敵は全滅、もしくは撤退


「黄華尖陣地、確保!」

「おー!」


 夕刻に増援隊が到着した。それまでに友軍兵が生存していないか確認した。

 2,3人の生存者を発見した。


 素っ裸で半狂乱の様子だった。

 彼らはビンタして正気に戻ったようだった。


 あとでわかったが小哨長の将校は逃げて谷間に隠れていたのを発見された。

 山砲と部下を捨てて逃げるとは・・・まさに「ずくなし」である


 この戦闘でわが第3中隊は戦死2、負傷2の戦死者を出した。


 戦死者は

 洞盆嶺陣地の防衛の戦死者 唐沢次雄一等兵

 黄華尖陣地奪還戦の戦死者 市川直次一等兵である。


 中隊にいた僧侶がお経を上げ、我々は二人を荼毘にふした。


 その時に、20メートルも離れていない田んぼの中から二羽の白い鳥が飛び立ち、われわれの頭上を一回、二回と旋回して黄昏の東の空に消えていった。


 祖国へ帰っていくかのごとく・・・


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