第29話 逃避行

 私(本間花音ほんまかのん)たちは、尾行されていることに気づかないフリして、寝泊まりしている置屋に戻った。


 そして二瓶ツルは私たちに、

「急いで支度しなせ!」と言って自分の住んでいる三畳一間の部屋に駆け上がって行く。

 そこには瞽女ごぜの石崎タツが三味線の練習をしていた。


「おタツさん、頼んます!」


「ああ、おちの時がきたか。おカノさん、おノアさん、その柳行李やなぎこうり(昔、旅行用具を詰めた箱のこと)を開けてみなせえ」


「それは石崎おめさんさんの荷物らねっけ?」

「いいっけん!」


 開けると、使い古したような「妻折笠つまおれがさ三度笠さんどがさ)」が二つ。

 そして瞽女が着る着物、少々使い古したような着物、紙袋にくるまれた履物が入っていた。


「それに着替えてくんなせ」

「どうして?」

「早くここから逃げんきゃ、憲兵につかまるれ」


「はぁ?なんで?」


 おツルさんは言う。

「事情は後から瞽女さんがさべるっけ、早う!」


 瞽女のおタツさんは

「はよ着替えなせ。あんたの三味線、そしてギターも、その柳行李に詰めて、はよ!」


「なんか、ヤバくない?」宝剣ノアが言う

「マジヤバですね……」私は答えた。


 おツルさんが言った。

「女将さんには話をつけといてあるけ。あの奉公人、瞽女さんから案内を頼まれて旅案内するみてらよ、とオレ、根回しをしといたわ」


 この二瓶ツルと、石崎タツは一体、何者なんだ?


 私(本間)と宝剣は急いで支度をした。


食物たべものはどうすればいいろっか?」


「そんげんが(そんなもの)、瞽女宿でもらうすけ、とにかく身の回りのもの詰めなせ、あ、あと未来から持って来た制服はココに置いてけね」


「なんでおらったが(私たちが)、未来から来たってこと知ってるん?」


「話はあとあと、さあ支度できたかいの? あんた2人とも晴眼者らろ?おカノさん、あんたが一番前、オレが真ん中、おノアさんは一番後ろで歩いていくけんね」


 そうやって、私と宝剣は、三味線と少しばかりの古い着替えを風呂敷に詰め、行李を宝剣が大きな風呂敷にくるんで持って、この置屋を急いで出た。


 東堀の細い路地を歩いて行くと、自動車が走っていった。


 車の中に軍服を着て、なにやら腕章を付けた者が乗っていて、

 もう出てから、後ろ数百メートルになっただろうか、

 私たちが寝泊まりした置屋の前にキキーとブレーキ音をさせて停車した。


 瞽女のおタツさんが言った。


「ああ憲兵隊、もう来たか。あの車のエンジンの音は憲兵の車らな。間一髪らったな」

「間一髪って」

貴女達おめさんがたを憲兵隊の詰所に連行するつもりだったんだろね」


「はあ?逮捕されちゃう所だったの?」

「そうらな……」

「じゃなんで?私たちを助けるように連れ出した?」


「それは、後々と話するけん、どうも貴女達おめさんがたを邪魔だと思っている連中がいるみてらよ。それに必要としている『お方』もね。安心せえって。オラった、貴女達おめさんがたの身方らっけん。あんまキョロキョロせんで、笠を深くかぶって歩きなせって」


 先導になった私(本間)は笠の隙間から前を見ながら歩いて、東中通り

(現在は、日本銀行新潟支店から新潟市役所までの4車線の通り。国道)を歩いた。


 そしておタツさんが言った。


「これからは私、普通の言葉で話すから。もうすぐ行くと新潟縣護國神社の入口の門柱がある。そこから参道の坂を歩いて浜の方に行って。もともと新潟の人なら、なんとなくわかるでしょ?私、目は本当に弱視なの。少ししか見えないから。しっかり案内頼むわよ」


 え、今まで長岡弁バリバリだったのに。


「貴女達は、人に会ったら蒲原弁で話をして。もう新潟に住んで、だいぶ経つから上手になったでしょ?」


 護国神社周辺はちょうどその時、幸いにも人はまばらだった。、波にさらわれ浸食されている砂浜に出た。日和山浜ひよりやまはまというらしい。


「これから、間瀬村まぜむら(現在の新潟市西蒲区間瀬)に向かうから。途中に内野町(現在の新潟市西区内野)の瞽女宿に一泊する予定。ちょっと歩くよ。いい?大丈夫?人に会ったら方言で話すこと!」


 石崎タツさんは、明治43年生まれと言ったけど、ホントの歳は20代後半か。

 なんかワケアリのお姉さんだな。



 コレが私たちの逃避行、瞽女に変装した、長い、長い旅の始まりだった。




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