春祭り

第28話 例大祭

 江戸時代、旧暦の3月18日に白山神社の春の祭礼が行われる時に、新潟古町の芸妓が白山神社の参道の古町通りを練り歩き、旦那衆はひいきの芸妓にこぞって高い着物を着せたという。

 見物する町人も多数いたというが、この時代(昭和14年)では戦争の色も濃くなり次第に縮小していって、一斉に白山神社に参拝するだけになっていた。


 白山神社はもともと、加賀一の宮の白山比咩神社はくさんひめじんじゃの分社で菊理媛神くくりひめのかみを御祭神とするが、様々な神様も祀られるようになり芸事の神様も祀られるようになった。


 そのため、芸妓衆の信仰をあつめていたのである。


 「あやめ」さんは振袖ふりそで(新潟芸妓で半玉のこと・半人前の芸妓)であり、私たち地方じかた(踊りは立方、演奏する者を地方といった)見習いと一緒に、安い宴席に呼ばれている仲間であったが、「先物買い」ということだろうか。


 あやめさんにもパトロンが付いた。お相手は豪農のようだ。


 私(本間花音ほんまかのん)はその「あやめ」さんの春季例大祭の参拝姿を見に、白山神社に見物に行った時のこと。昭和14年4月中旬


 「あやめ」というのは彼女は北蒲原郡新発田町(現在の新発田市)の生まれで、新発田のお城を「あやめ城(菖蒲城)」と言ったから、そう名付けたという。



 菖蒲の図柄が入った、なかなか良い着物をしつらえてもらったようである。

 1人客が付けば、次にまたお客がつくそうだ。


 なんか令和の時代のアイドルの投げ銭みたいだなと思っていた。


 白山神社の古町芸妓衆の昇殿参拝に多くのパトロン、いわゆる旦那衆も見物に集まっていた。

 やれ西陣だとか、加賀友禅だとか、ワイワイと多くの人達で人垣が出来ていた。

 私(本間)と宝剣乃亜ほうけんのあと、そして二瓶ツルの3人で見物に来ていたのだった。


 その帰りに屋台で何か買って食べようかと話していた時、


 その時、おツルちゃんが、

 「ちょっと、静かにして」

 

 「どうしたの」

 「小声で話すから」

 「なにかあった?」

 「尾行」

 「いつもの『マルトの味噌』でしょ?」

 (お互いに特高-特別高等警察をそう隠語で言っていた)


 「違う。マルトの味噌じゃない」

 「え、じゃ、なに?」

 「ケンペイ」

 

 宝剣が言った。

 「金平糖?、ねえ金平糖を屋台で買おうよ」


 相変わらずアホな宝剣ノアだ。


 おツルちゃんは、

 「そうね、金平糖かぁ。こう書くのよ」

 

 そう言って、地面に棒で「憲兵」と書いた。

 

 宝剣が言う、

 「のりへい?サザエさんはノリスケ……」


 私は宝剣はホントにバカだと思った。


 「ねえ、おツルちゃん、どうして金平糖(憲兵)なの」

 「マルトの味噌が漏れたかも」

  (特高から情報が憲兵隊に漏れたかもしれない、という意味だった)


 「あなた、何か隠しているの?おツルちゃん?」


 「シッ、気づいていないフリして見物して、帰りましょう」


  3人で古町通りをソソクサとしもの方(神社から遠ざかる北の方)に歩いて行った。


 おツルちゃんの言うとおり、男が2人、我々を尾行しているようだ。


 憲兵は特高(特別高等警察)よりさらに怖いということは知っている。

 足がガタガタと震えた。


 「ねえ、金平糖は買わないの?」

  宝剣ノアは相変わらずお気楽だ。

 

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