第27話 武昌

 4月18日 火曜日 晴 いよいよ我々の部隊は上陸した。


 私(折笠巳之吉おりがさみのきち)たち高田歩兵第215聯隊第1大隊の宿営地は、上陸地点から1,500メートルほどにあった、湖北省立の女子師範学校であった。

 武昌の街に足を踏み入れると、営業している店も若干はあったが、ほとんどが主なき空き家であり激戦を物語っている。


 住民は避難所か郊外に避難しており、平穏な日々が訪れば戻ってくるであろう。


 宿営地となった女子師範学校に入ると、書類などが散乱していた。異臭が鼻につく。

 壁には「打倒日本」「漢奸○○」などというスローガンの張り紙がある。

 壁には壁新聞。

 お互いに漢字の国であるので、なんとなく書いてある文章が解るが、抗日宣伝の内容であった。


 炊事の燃料集めに出ていた初年兵がどこからか、朱塗り木製のタガのついた蓋のある立派な容器を持ってきた。街にいた先遣の部隊の古参兵に渡されたらしい。


「ばかたれ、それは便器おまるだ」

 そう、中国では上流家庭では娘を奥の部屋に軟禁状態にして育てる。

 それを知っていたこの部隊の古参兵は、初年兵を見て笑う。

 初年兵は怒って投げつけてたたき壊してしまった。


 またある者は、中国の酒を見つけてきた。

 上陸した最初の夜、その中国酒はとても強く、腰が抜けるほど酔っ払ってしまった。


 兵達は街の入浴場に行き、風呂に入る者もいるが、あまりにも汚くて私は入る気にはならなかった。

 街では、露天などで食べ物も売っていて、軍票ぐんぴょう(占領地で占領軍が発行する紙幣のようなもの。これを持つ市民は配給品と交換が可能だった)で買うことが出来たが、とても不衛生で食べる気にはならない。


 街中では食べ物の腐ったような臭い、汚物のような臭いが漂っている。

 作業している労働者の服はボロボロで汚く、敗戦の惨めさを表していた。


 敗戦国の悲惨な姿がそこにあった。


 武昌ぶしょうの沖に次々と日本の船舶がやってきて上陸、荷物をあげている。

 上空には警戒する友軍機が飛行している。


 先遣の部隊の服は汚れているが、我々のように上陸した部隊は、

 軍服も綺麗でまるで人形のように綺麗で紅顔の美少年に見えた。


 宿営地にいるときに、轟音がどこからともなく聞こえた。

 空を見上げると大型の飛行機が編隊で飛んでいく。

 友軍機である。


「あれが重慶じゅうけいを爆撃してくるんだ」

 だれかがそう言った。


 重慶の街も木っ端みじんに灰塵に帰すのであろうか



(新潟港出港、航海から上陸までの本内容は、第215聯隊第1大隊第3中隊 第4分隊長 国松栄八伍長〔当時〕に日記から引用したものです)

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