第26話 上陸命令

 昭和14年4月15日 土曜日 雨


 私(折笠巳之吉おりがさみのきち)の乗る丁抹デンマーク丸は長江の漢口かんこう(現在の湖北省武漢の漢口区)沖に到達した。


 兵は口々に「漢口に上陸するのではないか」と口々に話している。

 第2小隊第4分隊の降旗ふるはた初年兵が発熱して40度近い熱が出ている。この部隊での初の患者だった。


 4月16日 日曜日 曇

 我々は漢口に到着した。長江の対岸は武昌ぶしょうである(現在の武漢市武昌区)。その時に我々は武昌に上陸することが解った。

 20時に中隊長から各分隊長に次のとおり命令が下った。


 兵団は明日17日武昌に上陸せんとす。

 武昌師範学校に宿営し、爾後130キロ南方に進出して

 当分の間某師団と後退し、附近を警備す


 この命令により、武昌に上陸して当分警備するとことである。


 附近には第六師団他が警備していたところを引き継ぎし、今後は我らのわずかの兵力で警備するとのことである。


 本船、丁抹丸は長江の漢口と武昌の中間に停泊し、直ちに機材、馬匹(軍馬などのこと)、車両(自動車、戦車など)の荷揚げ作業が開始された。

 夜になっても続行、徹夜になると思われる。

 馬が一頭一頭、デリック(クレーンのこと)で吊るし上げられ、小さな船で闇に消えていく。

 漢口市街も今まで見ないような高層建築物が爆撃によって破壊され、惨憺たる焦土と化し、

 人っ子1人歩く者はおらず、死の街に見えた。


 荷下ろしの作業は続く。

 しかし敵前上陸ではないことがわかり、兵達は安堵の色が見えた。


 4月17日 月曜日 晴


 武昌に10時上陸開始

 荷揚げした荷物、梱包を武昌師範学校の宿営地に運ぶ作業が開始されている。


 第三中隊は明日18日に上陸との命令が下りた。

 まだ待機である。


 警備の兵から漢口の街の様子が耳に入ってきた。

 猛烈な市街戦で住民は市外に退避し、街にいるものは日本兵だけとのことである。

 そしてわずかばかり、日本軍に雇われている力仕事の作業員の中国人がいるとのこと。

 新潟港を出港して初めて土を踏む。

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