第23話 玄界灘

 船(丁抹デンマーク丸)は玄界灘に入っていった。

 博多の港に出入りすると思われる船や、漁船が見える。

 漁船の名前から九州のものだろう。


 この船は、釜山ぷさんに入港する気配はなく、どんどん西に進んでいく。


 もともと貨物船だった船を兵員輸送船に改造したものであるから、船の揺れで、あちこちがギシギシときしんで揺れる。


 新潟港で別れの時に、私(折笠巳之吉おりがさみのきち)に宝剣ノアさんからもらった帳面には、ぎっしりとたくさんの楽譜と曲が書いてあった。


 いまの流行歌ではない、見たことも聞いたことがない曲だ。

「オフィシャル髭ダンディズム」?「レミオロメン」?

 意味がわからん名前がならんでいる。

「キング・グニュー」てなんだろう。


 私は体操などをした後に、昼休みにハーモニカを出して吹いてみた。


 みんなには、「佐渡おけさ」「旅愁」などの曲が好評で、集まった時に吹いてくれと言われるようになったが、この帳面に書いてある楽譜はこっそりと練習と言って吹いた。


 蚕の棚のような寝台(カプセルホテルみたいなものですね)に寝そべり、ゆらゆらと揺れる船室でその楽譜を眺める。


 ふーん、これらはなかなか良いメロディだ。

 聞いたこともない曲ばかりだが。


 船室はだんだん北国から離れて温かくなっていった。


 ◇◇◇


 新潟港で停泊している船の上で、宝剣信一ほうけんしんいち一等兵から宝剣ノアは手紙を渡された。


 手を握りしめてそっと渡され、クシャクシャになっていた。


 私(本間花音ほんまかのん)と宝剣ノアで、二人でその手紙を読んでみた。


「宝剣ノアさん、貴女は孤児みなしごのようだが、同じ名字のよしみで、何かあったらこちらの住所を尋ねてみたらいい。なにか教えてもらえるかもしれない。西頸城郡にしくびきぐん糸魚川町いといがわまち 合名会社宝剣組。糸魚川で土木業をしている小さな会社だが、もとは能生谷(西頸城郡能生谷村にしくびきぐんのうだにむら)の庄屋の分家だ。だからそのあたりのことに詳しいだろう……」


「ちょっと、ノア、貴女の家って宝剣建設株式会社だったよね?」

「……宝剣組ほうけんぐみって昔のウチの会社の名前だ」

「信一ってお爺さん?」

「まさか……昭和14年ってお爺ちゃんがまだ生まれてない年。だから、ひいお爺ちゃん、あっ……」

「糸魚川の実家に行ったときに、仏間に兵隊さんの写真が……」

「まさか!」

「でもウチの社長は代々『宝剣信左衛門ほうけんしんざえもん』を襲名するから、そのような人がいたか、どうかも……もしかして、あの人、わたしのご先祖様なの?」


「巳之助さんというと巳年生まれ? 計算すると……うーん」


 私は西暦と元号を照合して計算してみた。関東大震災が大正12年で、小説で「亥年」と聞いたことあるか、へび年は……大正6年か。


「あの二人、大正6年頃の生まれだと考えると、「ひいお爺ちゃん」だと考えると、だいたい一致するわよね」



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