第21話 出発

 俺(折笠巳之吉おりがさみのきち)と宝剣信一ほうけんしんいちは、汽車で新潟駅に到着した。

 泊まる宿は伝えられ、そして背嚢を背負しょって、萬代橋を渡り東堀通りの指定のご家族の元に向かった。


 萬代橋を渡るとき、みな人々が軽く頭を下げて礼をする。

 なんだからこそばゆい感じだ。

 敬礼をする者には丁寧に答礼をした。


 20時頃、その民家に着く。

 町屋らしい(いわゆるウナギの寝床と言われる形)の家だった。

 風呂に入れとか、歓待を受けた。


 子供はもの珍しそうに、階級章とか軍人手帳を見せて欲しいとかいう。

 わーわー喜ぶ。


 父親も息子に「お前も立派な兵隊になれ」とは言うが、

 俺は心の中でそうとは思わなかった。

 口では言わなかった。


 中学校(旧制)の英語教師になりたくて学校に入ったのに、兵隊になるのは不本意だ。

 子供に英語を教えて広い世界を見て知ってもらおうという教育者としての夢がある。


 家人には、お夕飯を戴いたら、すこしばかり会いたい友人がいると話をしたが、さすがに恩義で泊めてもらう宿屋に夜中24時に帰るのは悪いと思った。


 夕飯をいただいて、ちょっと出かけた。

 もし、あの子たち(本間カノ〔ン〕と宝剣ノア)に会えなければ、泊まっている場所と、船の出発時刻を伝えようと思った。


 その家人のもてなしの夕食は、焼きジャケ(焼き鮭)という豪華なものだ。

(当時越後地方では魚はご馳走で、正月は鮭、盆は棒鱈というのが伝統のご馳走だった)


 ねんごろな礼を受け、ご馳走をいただいた。兵隊でこのようなご料理は当分は食えないだろう。


 夕飯を頂き、彼女らがいる置屋に行ったものの、案の定、宴会の手伝いで出払っていた。


 やはり会えなかったかと思い、その民家に帰り、久しぶりに一晩ぐっすりと眠った。

 これから向かうのは戦場だ。

 いつ命を落とすやもしらない。


 現実に返り、朝、目覚めた。


 ◇◇◇


 新潟港には大きな貨物船、「丁抹デンマーク丸」が泊まっている。


 我々の聯隊は乗船のために10時10分に整列した。

 新発田の部隊もこの船に乗る予定だ。


 他の部隊の一部は「おはいお丸」に乗船するという。


 俺たちは埠頭で昼食を取った。


 そして荷物を担いで舷梯げんていを登り、そして船室に荷物を置いて、甲板かんぱんに出た。


「折笠さーん、宝剣さーん」と叫ぶ女の子の声が聞こえた。

 我々を呼んでいるのか。


 甲板から覗いて見ると、彼女らは我々を見つけたのか、

 女の子ふたりが走って乗船口から駆け上ってきた。


「ああ、やっと見つけた。良かった」とハアハア言いながら、 の本間さんと宝剣さんが風呂敷づづみを持って来た。


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