第20話 瞽女


 その日の夕方、私(本間花音ほんまかのん)たちの置屋にまた一人新人が来た。

 私たちを案内した警察署長が瞽女ごぜの世話を頼んだという。


 彼女は瞽女の掟を破って新潟の町に取り残されて警察署が保護したという。その掟とは、恋愛禁止だといった。

 どこぞで聞いたアイドルグループみたいな話だ。

「はなれ瞽女」というらしい。


 瞽女だから目が見えない。だが三味線の腕は良いという。


 名前は「石崎いしざきタツ」という。

 相変わらずキラキラした名前だ…まあいいか


 目がほとんど見えないので、私が手を引いて寝泊まりする部屋を案内をした。

 私たちの部屋は三畳一間で宝剣乃亜ほうけんのあと二人で暮らしていたから、もうキツキツである。


 しかし破門された瞽女というのでは、仕方ない。

 巡査が彼女の荷物をまとめて柳行李やなぎこうりに入れて持って来た。


 これは大変だな、と思ったのだが、ちょっと身支度の合間に彼女の三味線を聞いた。そして唄も聞いた。


 いままで聞いたことがない。


くずの葉の子別れ」※という曲だが、意味は私にはよくわからない。

 (※安倍晴明の物語とも言われています)


 だが、この音色を聞いて、人が集まってきた。


 縁起が良いという。


 どうして縁起が良いか意味もわからない。瞽女というものは名前は聞いたことがあるが、何を言っているのかが私にはわからない。


 彼女は明治43何年生まれと言っていたようだ。


 そのまま部屋で待ってもらって、私たちは台所仕事を手伝いに行った。


 私と宝剣は瞽女というものをよく知らなかったが台所の人達はみんな知っていた。

 中にはその三味線の芸に憧れてこの芸妓の世界に入った人もいたとのことだ。



 18時40分に新潟駅に高田聯隊の汽車が到着したということで、携帯もスマホもないこの時代、伝聞で伝わってきた。


 それぞれの兵隊さんは、2人、3人、別れて宿を提供する家(民家)に向かう。

 この料亭には聯隊の幹部をもてなす宴がもたれる。


 大わらわである。


 半分、瞽女の彼女のことを忘れていた。

 しばらくして、女将さんに言われて慌ててご飯を持っていって一緒に食べた。


 茶碗一杯の飯と汁、小皿に菜っ葉の漬物の賄いだ。


 彼女を「おタツさん」と呼ぶこととなった。

 越後瞽女には、長岡瞽女と高田瞽女と大きく二つがあるという。

 

 彼女は長岡瞽女だと言った。


 彼女の話はこうだ。

 瞽女は修行をして、三人で1組みになって旅をする。

 一番先頭は目が見えるものが案内をする。


 おタツさんは、まだ見習いから、やっと一人前になったのだが、瞽女宿ごぜやどになっている小さな漁師町の男と恋に落ちた。


 その男は海軍へ入るということで、別れとなったが、そのことが親方にバレて破門になった。

 そしてこの町にたどり着いて、警察署がおタツさんを保護して、ここに連れてきたという。


 高田聯隊の宝剣信一一等兵と、折笠巳之吉が、料亭に顔を出しにくる時間も近づいてきた。

 その時に、その瞽女のおタツさんが、ボソリと私たちに言った。


 ◇◇◇


貴女達おめさんがたに、大事なことを言わんきゃなんねぇことがあるがども、その時が来たら話すすけ、忘れねでくれや」


「おらったのことしってんかいの?」

「ああ、ちっとな」


なぜ瞽女が、始めて会った女子高生の私たちのことを知っているのだろう。


※訛っていますが20歳代の後半です。

 

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