第19話 会津若松聯隊

 古町界隈は昭和14年4月に入っても大忙しであった。

 景気が良く思える。満州との商売で盛り上がっているようだ。


 4月4日、あの高田聯隊に入営した二人が会いに来るということは聞いていたが、毎日毎晩開かれる宴会は夜遅くまでつづき、私たち奉公人の仕事も忙しい。


 その夕方に新潟着という話をして、町中の家々で歓待しようということであるが、この料亭は幹部などの接待もあるようだ。

 

 そして、私たちと一緒に働いている奉公人の二瓶ツルの様子が少し落ち着かなかった。 私たちは一番下っ端で、芸妓の地方じかたの見習いの見習いであるが、4月に入ってから、なんだが、そわそわと、女将さんに何か言おうかどうか、迷っているようだ。


 私(本間花音ほんまかのん)は彼女に聞いてみた。


 実は一番上の『あんちゃ』が会津若松歩兵第214聯隊に入営していて、4月4日に新潟港から出発するという。

 

 「なんでまた、そげな大事なこと黙って言わんかったん?」

 「だって、おらった一番のしたらろがね」

 「なら、おらが女将さんに話ししてくらぁ」


 おかしい……私、完全に新潟弁になってしまっている。令和の女子高生w

 し尿の汲取りも上手になったし……まあ、いいか。

 令和の現代では使えないスキルだな。


 私は、女将さんに、恐る恐るおツルちゃんの『あんにゃさ』が4月4日に新潟港から出発するらしいから、あの子と仕事をかわるから、見送りにいかしてくれ、

 と申し出た。


 女将さんも「なんでそんげな大事なこと、黙っていたがら!ちょうどその日に沼垂ぬったりの味噌屋に味噌と醤油取りに行く用があるっけん、行ってこい!」という返事だった。

 

 もぞもぞしていた、おツルちゃんは大喜びで、何度も私たちに礼を言った。


 聞くところによると、入営したのは一番上の兄らしい。長男にも召集するとは、えげつない話だと思った。

 

 高田聯隊は会津聯隊の後に新潟に到着する。

 会津の歩兵第214聯隊は一足先に出発し、高田聯隊は翌日の船で出る。


 会津からの汽車が到着するのは4日の昼過ぎ。新潟港の岸壁に汽車が乗り入れて、船に横付けしそのまま乗船するらしい。ほんのわずかの時間しかない。

 その日は私、宝剣ほうけん、二瓶の三人で、相変わらずリヤカーを押して新潟港の波止場に出かけて行った。


 港には大きな貨物船が泊まっている。

 見送りの人も大勢集まっており、宝剣にリヤカーの番をさせた。


 時間ちょうどに沼垂駅に日の丸をつけた会津からの軍用列車はいったん沼垂駅に停車して、ゆっくりと埠頭に入ってきた。


 巨大な機関車が客車に大勢の兵隊を乗せて

 シュー、シューと大きな蒸気を吹く音を響かせ、港の上のホームに入ってきた。

 見送りの人達の歓声が聞こえてきた。


 「ほら、おツルちゃん、早くあんにゃを探しにいけってば」


 と言うと、彼女は兄を探しに走っていった。

 なかなか見つからず、あちらこちら、窓や降りる人を見て回って、やっと見つけたようだ。


 会津若松歩兵第214聯隊は汽車から降りるとすぐに整列をした。多くの市民が周りを取り囲み、挨拶と式典を見守っている。

 式典が終わると、大隊の若い番号順に船の舷梯げんてい(タラップ)を登って乗船していった。


 あちらこちらから聞こえる萬歳の声


 わずかな時間だった。船は兵員を載せ終わると、すぐに舷梯を引き上げた。

 

 おツルちゃんは、甲板かんぱんで手を振る兄を、手を振ってずっとずっと見送っていた。

 そして彼女は信濃川を下って海に出るまで、その船をずっと見つめていた。


 これが兄との最後かもしれないという気持ちでいっぱいだったんだろう。


 女将さんも帰りが少しばかり遅れても、きっと許してくれるはずだ。


 しかし、そこにも私たちを尾行する特高(特別高等警察)だろう男の影を見た。

 私たちは尾行を知らないふりして沼垂で仕入れた味噌と醤油を運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る