第18話 歴史の歯車

 昭和14年の3月の頃だっただろうか。

 私(宝剣乃亜ほうけんのあ)が夜の宴会の給仕などを終え、一休みの時間を与えられた時だった。

 今日は偉い人が来るということで、古町の有名な芸妓さんが続々と来ていた。

 私のような下っ端の奉公人にはお呼びでない宴席と思われ、他の席は警護の都合で入れないといわれたので暇だったのだ。


 私はギターを取り出して練習をしていた。

 それは「ダニー・ボーイ」

 そして歌も口ずさんでいたときに、後ろに人影がある。

 スーツ姿で身長はそれほど高くなく、ガタイのいい感じの人だ。

 眼光は鋭く、それは怖さというより、秀才のような目だった。


「ほう、ダニー・ボーイか。おめさんはなぜ知っている」

「学校の練習で覚えました」

「英語を覚えたのか、君は若けぇだろ。それに奉公人らろうし。ちょうどいい、今日は友の供養で長岡のお寺に行ってきたんだろも。むかしアイツと一緒にロンドンにいったすけ、懐かしいなぁ。

 死んだアイツも喜ぶろう。もう一回全部聞かせてくれんか」


 そして、私はギターでダニーボーイを演奏した。


 驚くことに曲が終わったころ、もう一人やってきた。

「山本君、どうした」

「いや、亡き友に捧げる曲を聴いていたんだ」


「あ、この子は…」

 そのガタイの良いおじさんは私に名刺を差し出す


「海軍次官 山本五十六」


 はあ!?

「あなた、山本元帥ですか!」

「俺が元帥?がはははは、まさか!」


「長岡の山本五十六記念館で撃墜されたときの飛行機のはねを‥‥」


 本間花音が飛んできて、あわてて私の口をふさいだ。


 山本五十六海軍次官は、笑いながら後から来たその男性の方を振り返る。

 だがその男性は笑っておらず、顔が強張こわばっていた。


 山本次官はその男性に聞いた

「この子、もしかしてさっき話をしていた未来から来たって子らか。はははそれは面白い。俺が元帥だってよ。そんなガラじゃねぇよな」


 そう言って二人は去っていった。


「こら、ノア、未来の話をしちゃダメだってあれほど」


 ◇◇◇


「おい、山本、あの話を真に受けるなよ」

「お前、長中ちょうちゅう(旧制長岡中学校・現県立長岡高校)からの仲じゃねぇか。お前の話、嘘じゃねぇろ。今日は斎藤博君※の長岡で菩提寺に行ったけど、ダニー・ボーイはちょうどいい曲だ。一緒にロンドンの交渉に行って、バーで二人で聞いたんだ。あいつの弔いになったろう。ヤツも俺の隣で聞いていたんだろうし」


そしてタバコを一服した


「ところで、さっき『元帥』と『撃墜』と言っていたよな。ああ、日本はアメリカと戦争でもおっぱじめるのか」


「どうせ頭のオカシイ娘の戯言でしょう」

 山本次官は仲居の女性に、料亭で別の部屋で待機している海軍秘書官を呼んでくるように伝えた。


 秘書官が座敷に来て、山本次官の横にすわると、耳打ちをした

「高木惣吉君はいま軍務局にいるだろ。この4月の人事異動で(官房)調査課長に異動さ

せてくれ。そしてあの子らの動向を探るよう指示したまえ」


「はい」

「高木は信頼できる男だ。あの娘を保護するように伝えろ。陸軍に絶対に漏れないように

しろよ」



 ※斎藤博氏 昭和10年代に日中関係悪化したときの駐米大使。父が長岡藩士で外務省勤務でずっと東京住まいだったが、長岡には頻繁に帰省して長岡中学校の野球部などのコーチを務め山本五十六元帥とは親友同士だった。

 昭和14年にアメリカで死去。当時、アメリカ大統領とアメリカ海軍は最高位の礼式で軍艦で葬送した。






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