第16話 出塞

 昭和14年4月4日


 高田城本丸の師団庁舎の前の広場に集合の号令が掛けられた。

 第一大隊から順に整列する。


 1月に召集されてわずか三ヶ月

 みな精悍な顔つきとなっていた。


 カーキ色の軍服、

 赤いハチマキ(帽子の横の部分)に星章せいじょうが入った軍帽

 軍服の詰襟つめえりには師団番号の「33」、聯隊番号の「215」の数字が刻まれた襟章。

 そして私(宝剣信一ほうけんしんいち)には一等兵を示す星のついた階級章


 聯隊長の号令が掛かる


 「宮城遙拝きゅうじょうようはい!」

  整列した一同が宮城(現在の皇居のこと)方角を向く。


 軍帽を脱ぎ、

 すべての兵が直角に最敬礼をする


 「なおれ!」

 ザッと一斉に前を向いた

 

 「ささつつ!」


  ザッと、春の晴れた高田城に銃を構える音が鳴り響き、

  二千の兵士が一斉に銃剣を捧げる


 軍楽隊の「君が代」のラッパの音が響く

 銃剣の剣先が日の光を反射してキラキラと輝いた



 高田の桜も咲き始めた頃、

 空は雲一つない青空、

 天高く澄み渡り

 長い北国の冬が明けた今日、出陣する。


 聯隊長を先頭に、旗手、そしてラッパの音と共に、第一大隊から営門を出る。


 営舎の前から、お堀の上の橋、そして堀の横の通り

 日章旗と旭日旗を持つ高田市民が、ずっとずっと連なっている。

 

 高田城から途切れることなく、駅までの通りという通りを、小旗をもった人々が埋め尽くして旗を振っている。


 隊列は乱れることなく、銃をにないて、高田城のお堀の咲き始めた桜の前を兵隊が行進していく。


 雁木通りの下にも、人、人、みんな手を振って戦地へ赴く兵士を見送っていた。


 萬歳の声、人の波、家族を送る者、出征する恋人を送る女性


「おっとう!おっとう!」と父親を呼ぶ子供の声も聞こえる。

 ある者は、父母に敬礼をし、ある者は彼女に敬礼を捧げた。

 

 「『いづもや』の女将に敬礼!」

 高田のなじみの店の女将に敬礼する者もいた。その女将は涙ぐんでいたという。


 最初の日にぶん殴られた新兵の頃とは打って変わって、

 もうみんな一人前の兵隊だ。


 


 高田駅にはモクモクと煙を上げた臨時の軍用列車が停車していた。

 その白い煙は駅前の通りからよく見えた。

 機関車の先頭には日の丸の旗が掲げられていた。


 この列車は、新潟駅まで直行する。

 連結された茶色の客車が数両、二千の兵を乗せ、


 汽笛一斉、汽車は蒸気音を轟かせ、高田駅を出発した


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