第14話 学生兵

 私(宝剣信一ほうけんしんいち)は、この第三中隊に配属になってから、ずっと気になっていたことがある。

 おなじ部隊にいる、大野一等兵だが、彼は弟の信二郎しんじろうがいた新潟高校(旧制・現在の新潟大学にあたる)の先輩ではないか、ということだ。

 弟の信二郎は六花寮りっかりょうに入っていた。

 たしか、大野は俺と同学年で帝大(東京帝国大学)に進学し、この3月(昭和14年3月)で帝大を卒業するくらいの歳だ。

 まさか、卒業6ヶ月前の帝大生を召集するなんてことがあるのだろうか。


 たしか、大野は昭和7年の新潟高校のストライキで退学はしなかったものの、連座はしていたようだった。


 ◇◇◇


「中隊長殿、召集した兵卒※から幹部候補生を推薦するように云われておりますが、じつは気になることが」

「どうした、中学校卒(旧制中学校卒)を満たした者が何人かいるだろうが」


「そうなんですが、帝大生がおるんです」

「なんで帝大生がいるんだ?どういう経過で召集になった」

「わかりません。彼の親族か親戚には役場職員もいたはずです」


「彼は将校への推薦願いを持って来ているのか」

「はい持って来ています。書類はほかの幹候の兵よりキチンと整っておりますが」


「妙だな、よりによって帝大とは」

「どうします?」

「どうもこうも、帝大生の新兵なんて聞いたことがない。士官見習でも中学校を出て陸士(陸軍士官学校)に入ったような者しかおらん」


「推薦を挙げますか?」

「その書類を見させてくれ、あと今回召集になっている者、全員の学歴だ」

「どうぞ」


「なんだこれは?大学生に師範学校、長岡高等工業学校(現在の新潟大学工学部)、加茂農林卒(新潟県立加茂農林学校 現在の新潟大学農学部と県立加茂農林高校の前身)? 学生も混ざっているじゃないか。徴兵猶予がある学生を召集するとは。みんな後回しのはず……」


「ですけど、実際に召集令状が出されたようです……」

「幹部はいったい何を考えて居る。俺に帝大生を預かれって、か」

共産主義者アカでしょうか」

「ばかな。そんなことあるまい」


 ※兵卒とは徴兵義務のよって入隊した国民の兵のこと。

 伍長から下士官となり、官(公務員)となる。


 ◇◇◇


 私(宝剣信一)は思い切って、演習の休憩の合間に、その大野と思われる男性に声を掛けた。

「あなたの名札に大野と書いてありますが、新潟高校に在学しておられませんでしたか」

「ああ、そうだ。なぜ知っている」


「後輩に宝剣という者がいたことをご存じですか」

「知っている。六花寮で寮歌を教えたからな」

「やっぱり。私はその兄貴です」

「そうなのか?たしか兄貴は師範学校と聞いていたが」

「はい。それがわたくしです。今は高等師範学校の学生です」

「高師か。しかしなんでまた……君も学生か」


「はい。ところで、将棋や連珠(五目並べ)が強いと伺っておりますが」

「君も将棋を指すのか」

「少々」

「それでは退屈しのぎに相手を頼むわ、ははは」

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