第13話 有明村の演習


 私(折笠巳之吉おりがさみのきち)は、昭和13年12月に高田聯隊に入営した。

 高田中学(現・新潟県立高田高校)、新潟師範学校、東京高等師範学校とずっと同窓だった宝剣信一ほうけんしんいちより、一足先に入営していた。


 最初は歩兵第30聯隊へと配属されたので、訓練は一歩進んでいた。

 そのため、特別の高度な訓練を受けることなっていた。


 昭和14年2月12日、長野県南安曇郡有明村ながのけんみなみあづみぐんありあけむら(旧穂高町を経て現在の安曇野市)にあった松本聯隊の演習場で第1期の検閲を終えた。

 有明村は有明岳の麓にあり、すぐその先には雄大な穂高岳が見える。

 雪をかぶったその姿はわが国の誇り。

 大陸に向かえば、二度とこの優美な姿はもう見られないだろうと心の奥底に感じていた。


 2月26日、冬の信州の凍えるような寒さの日、

 有明演習場から帰営のため穂高駅に向かっていた時だった。


 突如、命令が下る

「原隊に変事あり、穂高橋は爆破された。渡河して穂高駅に向かえ」

 雪と氷に覆われた穂高川の支流、水かさが増えて、水は凍えるように冷たいだろう。

 軍装のままこの川を泳いで、または歩いて渡らなければならない。


 川の水は氷の様に冷たい。そして雪解けの水も含み勢いがある。

 有明演習場で検閲を受けることになっていた部隊は、全身ずぶ濡れで渡河を終えたが、みんな冷たい水でびっしょりで穂高駅に着いた。


 穂高駅からは、軍用の臨時列車が編成されていて、一般の乗客はいなかったが、濡れ鼠になった兵隊を運んで汽車は糸魚川に向かい、そして高田に向かった。


 高田駅に到着すると、全員が隊伍を組んで原隊に向かった。

 営舎の前で解散となったが、すぐに営舎の廊下に集合が命じられた。


 聯隊に動員が下令

 3月25日までは音信、面会、外出の禁止が命じられた。

 その間、予防接種、検査、被服の交換、兵器の点検、編成替えなどが行われた。


 3月25日、陛下から下賜された軍旗の拝受式を行われた。

 そして肉親の面会のみが許された。


 4月の上旬に高田駅から汽車で新潟港に向かい、そこから大陸に向かうという。


 その間、ずっと思っていたことがある。師範学校にいたとき小学校音楽の教育を受けていた。なにか楽器が欲しいと思っていた。ただギターなどは兵隊として持っていくには不適当であろう。

 面会の時に、中頸城郡なかくびきぐん里見村さとみむら(牧村を経て現上越市)の実家の妹に頼んでハーモニカを買ってきてもらった。


 新潟師範学校の壮行会で、あったあの子、信一(宝剣信一)と同じ名字の子、あの子に「ダニー・ボーイ」の楽譜が欲しいという手紙を送っていたが、有明演習場から帰隊した時はまだ返事は来ていなかった。




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