第12話 検閲

 検閲というのは兵隊としての適性の検査であり、部隊として成立しているかの検査である。


 夕方訓練を終えて、いち早く兵舎の内務班に戻る。

 内務班では古年兵が厳しい表情で待ち構えている。

 我々、新兵にとっては意地悪そうに見えた。


 我々の行動を逐一見ている。

 被服、兵器、軍靴の手入れ、銃は内務班入口の銃架に整頓して立て掛けておく。


 夕食が終わると、内務教育であった。


「全員、軍靴を持って寝台前に整列せよ!」」

 先任古年兵の声

「靴の裏を出せ!」


 古年兵がジッと靴の裏を見ている。


 私(宝剣信一)の靴の裏に、すこしばかり土が付いていた。


 バシッと、ビンタを食らった。

 そうして往復でもう一発、ビシッと来た。


「一つ、軍人は忠節を尽くすと本分とすべし!」

「一つ、軍人は礼儀を正しくすべし!」

 大声で唱える。

 声が小さいものなら、もう一発食らう。


 消灯前の点呼

 週番士官が紅白のたすきをかけて回ってくる。


「第二班、異常なし!」と班長が報告する。


 やがて消灯のラッパが鳴り響いた。


 冬の高田は寒い。

 古びた毛布にくるまり、疲れですぐに眠りに落ちた。


 これが入営したばかりの初年兵の最初の日々である。

 これが1週間目になると、筋肉痛と腰が痛んで便所でしゃがむのも難儀となった。


 腹が減って、酒保しゅほ(売店のこと)で菓子パンを買って毛布の中で隠れて食ったりもした。

 愛煙家は隠れて便所でタバコを吸ったりしてどやされ、

 意地悪い班長のメシには、頭のフケを入れて食わせて仕返しをした。


 やがて、第一期の検閲の日が来た。


 完全軍装を整え、高田から直江津海岸まで、雪中行軍を行う。

 駆け足のようで、雪に滑って転ぶ者もいる。


 そして直江津海岸の砂地で実戦さながらの突撃の猛訓練であった。

 帰りにはみな足を引きずっていた。


 検閲が済み、はじめて外出が許された。

 といっても、高田の町の食堂や映画館に行くくらいであった。


 家族に会う者、彼女が会いに来る者もいるが、俺は、ただぶらぶらと高田の町を歩いた。

 どこに行っても、古年兵に出会う。


 会うたびに直立不動で敬礼をしなければならなかった。


 そのような日々が過ぎていった


 3月25日 高田の聯隊に陛下から賜った軍旗が届く。


 これを持って正式に聯隊が誕生した。


 第33師団歩兵第215聯隊の誕生である。


 そして、いままでお古の軍装だったものが、ここですべて新しい軍服と軍装が貸与された。新しい銃と新しい背嚢


 だが、これは、すぐに大陸に派遣されるということであった。


 ◇◇◇


 折笠巳之助おりがさみのすけ一等兵は昭和13年12月10日に召集され、高田歩兵第30聯隊留守隊補充兵として入隊していた。


 わずか、その1週間後には派遣要員が満州の原隊(満州国駐留)に向かった。

 折笠一等兵は留守部隊となり、そして1月には歩兵第215聯隊に編入が告げられていた。


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