第10話 銀嶺

直江津なほえつー、直江津なほえつー」


 汽車はここでしばらく停車する。給炭と給水を行う作業のため。


 三等客車には、二十歳ばかりの大勢の五分刈りの若者がいる。

 着物姿の者の中に混ざって学生帽を被った者もちらほらといた。

 私は役場から事前に支給されていた人絹の服を着ていた。


 給炭の時間、客車から出て、ホームから駅を眺めると、日本曹達にほんそーだや日本石油などの貨車が停車して、発車の信号が変わるのを待っていた


 冬の頸城くびき平野の寒さからか、汽車から立ち登る煙は白く、浜からの風で山の方に流れていく。


 まだ松の内

 正月もまだ終わらず、車窓から見た家々にはまだ松飾りがあった。

 幸い、鈍色にびいろの雲から晴れ間となり、日の光が妙高を銀色に輝かせた。


 頸城平野は、ただひたすら白く、妙高の手前には、難攻不落の春日山

 難攻不落といえども、戦国時代はどの武将も越後に一歩たりとも足を踏み入れることが出来なかったのだから、難攻不落という言葉も変である


 向こうの街並みは千年の軍都

 要塞都市の歴史は途絶えることなく続いてきた。

 向かいの長岡方面からも汽車が到着した

 その汽車からも大勢の若者が客車を降りて、私が来た急行に乗り換えるようだ。


 発車の鐘がなり、駅員の笛で、再び汽車は出発した。


 程なくして到着した駅は高田


 改札を出ると、軍の役人が聯隊本部の案内をしている。

 そのまま駅を出ると、軒先を伸ばして雁木の商店が連なっていた。


 道は雪で覆われて白く、駅を出た若者は雁木の下を通り抜けて、一列に歩いて行った。

 通りの人は立ち止まり、我々に道を譲る。


 雁木は高さは不揃いではあるが、ずっとお城まで続いていた。


 そして家並みがひらけると、そこに高田城のお堀と橋がある

 堀の水は雪に覆われてりガラスをおおったように下の水は黒く見えた。


 若者は一列に歩き、そしてかつてあった十三師団の営門をくぐった。

 新潟県内各所から、または長野県からも参集するから、家族が営門で見送るものはそれほど多くない。

 駅や村の集会場で壮行式を終えていた。


 多くの者が集まっているが、がやがやと騒ぐものはおらず、

 召集令状を差し出して、係官が名簿に印をつけ、配属の聯隊、大隊、中隊が告げられた。


 そしてそれぞれの部屋に軍服や軍装を取りに行くように伝えられた。


 古い軍服と軍靴を与えられる。


 それが、私(宝剣信一ほうけんしんいち)の入営の日だった。


 昭和14年1月10日


 同じ高師(高等師範学校)の同級生、先に召集された同郷の折笠おりがさ巳之吉みのきち)も、高田の留守聯隊のどこかの中隊に配属されているはずだ


 私に告げられた所属の部隊


 第33師団第215聯隊第1大隊第3中隊だった

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