第8話 尾行


 3日後、くらいだった。

 私(本間花音ほんまかのん)が手伝いに行っている料亭に県の保健所の役人が来ていた。


 台所や野菜、生ゴミなどをくまなく調べて行ったようだった。

 そして、帰って行った。


「どうしたん?」私はおツル(二瓶ツル)ちゃんに聞いた。


葛塚町くずつかまち(北蒲原郡葛塚町、現在の新潟市北区の豊栄駅のあたり)の医者にたくさん病人が担ぎ込まれて、それも下痢したり、吐いたりして、大変だったんだと。それも役場の役人ばっか。あの料亭の料理が怪しいって保健所が来たんさね」


「そういん?」ひひひ……


「いやね、となりの宴席はなんもなかったけん、保健所の役人は、『ああ、あの役場のばかども、よく火を通さんで、牡蠣にあたったんじゃねぇか』らってさ」

「はあ、店はお咎めなしってことらけ?」

「そうなったみてぇらよ」


 しめしめ、あのバカな役所の連中、ノロウイルスで地獄の苦しみを味わったようだな。小作人に見境無く召集令状を出したバチがあたったんだわ

 コレがホントの「メシテロ」


 ノロウイルスの発見は戦後の話だから、保健所の医者でもわかるまい、ひひひ


「ねえ、花音、あなたやっぱり」

「いい気味よねぇ」


 置屋の女将がやってきた

「おめえら、なんか、悪戯わさしたろ?」

「いいや、わった(私たち)なんも」


「んなこといって、ウチが解らんとでも思ってるんかいね」


「ああ、お見通しですかねぇ」


「罰として、『汲取あっぱくみり』らな」


 ひえー、また汲み取り作業をするのかよ!


 ◇◇◇


「ちょっと、花音、なんで私も一緒に罰を受けんのよ」


 鼻にマスクをした宝剣乃亜ほうけんのあが私に言った。

「いいじゃんか、あなた、汲み取り得意でしょ?」


「うっさいわね。さっき肥柄杓こえびしゃくないか?と言って、なんかオジサンが訛っていて通じなかったから『こえびしゃく』と書いたらさ、『こゑと書くんだ、この、うすらぽんつく』とまたバカにされた。なんで未来から来たのに日本語で注意されんのよ。『下のえ(ゑ)』なんてわかる訳ないじゃんか」


 宝剣が肥柄杓で便槽の中のモノをぐるぐるとかき回した。


 便所の中に人が入ってきたみたいだった


「おら、おめぇら、あっぱかんもし(かき回し)てんじゃねぇわ、中まで糞臭あっぱくさくてタマランわ!」


 怒られた。


 私たちは、便槽から糞桶あっぱおけに淡々と汲取って入れていった。


 ◇◇◇


 作業の後に、風呂屋に行ってこいと言われ、着替えてなんとか臭いが取れたのだが、まだにおい鼻に残っているような感じだ。


 おツルちゃん(二瓶ツル)が、白山はくさんの市場に野菜を取りに行くのを手伝ってくれという。リヤカーを押すのを手伝う仕事だ。


 新潟の町の中心から外れに白山駅がある。


 ちょうど汽車が到着したようで、黒い煙がモクモクと上がっているのが見えた。

 大勢のお客さんが降りてきて、たくさんの家族連れのようだ。


 一番先頭に「長野縣下伊那郡…町…満蒙開拓団」という旗を持っていた。


 宝剣がその姿をジッとみていた。

「ちょっとノア、あまりジロジロ見ないこと!」

「だって……」

「だってもヘチマもないわよ。まっすぐリヤカーを押しなさい!」


 二瓶ツルは私たちをじっと見ている。


 なにか、この子は隠しているのだろうか。


 野菜をリヤカーに積んで帰る時だった。


 おツルちゃんは、私たちが汲取り作業をしたことを知っていた。


 白山の市場いちばの菓子の屋台で、少しの駄賃で花林糖かりんとうを買ってきて、私たちに分けてくれた。


「会津から出てきてすっかりコッチの言葉を覚えたけど、これなんて言うかわかる?」


「カリントウでしょ」

「まあね、でも『ねんぼ菓子』ってコッチの人は言うのよ」


「ふーん、ねんぼ菓子ね」

「『ねんぼ』の意味わかる?」

「さあ?」

「硬い大便のこと」


 ぶっ……、ゲホッゲホ…


「おめさん、知っててやったわね、『ねんぼ菓子』ってうっそらろ!」

うっそらねぇよ。そこの店のバサ(お婆さん)に聞いてみたらどうら?」


「もう!」


 なんて汚い話をしているだ?私たちは。

 すっかり昭和初期に溶け込んでいるじゃねーか。


 そして、おツルちゃんが私に近寄って、耳元でささやいた。


「あなたたち、つけれているわよ。ほら、あの電信柱でんしんばしらの影に男の人がいるろ」


 たしかに黒い着物姿の帽子を被った男性がいる。


「しっ、ジロジロみて、気がつかれねぇようにせえて(しなさい)」


 私もささやいた


「なんで?」

「あれは特高よ」

「トッコウ?なに?」

 特攻隊のこと?


「特別高等警察」


 まじか!


あたしあいつらから、あなたたちの事情を伝えるよう言われているの。あなたたち共産党アカじゃないか、とか聞かれたわ」


「そんな、なんで私たちが警察から睨まれるのよ…」

「それ以上言えない。私も睨まれたら終わりだからね」


 宝剣はボケ-と花林糖、いや、『ねんぼ菓子』をポリポリと美味そうに食っている。

 あいつは、ホントにアホの子だ


「さ、尾行に気づいたのを悟られないように帰りましょ」


「わかったわ、ほら、ノア、帰るわよ!」


「ねえ、『ねんぼ菓子』もう、ちっとちょうだい?」


 アホだ……ねんぼ、ねんぼ言うな!


「ほら、野菜が重たいんだから、リヤカーを押して手伝いなさいよ!」

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