第7話 牡蠣
「きみ、どこでその曲、ダニーボーイを覚えたの?君は英語ができるのか?」
「全然…」
「教会で?」
「そんな熱心な信者じゃないし」
ギターを持ってきた学生は言った
「このギターは君が持っているのがふさわしい。大事にしてくれ」
と
「そんな、滅相もない」
「いや、俺には上手に弾けない。これは弾くことができる者が持つべきだ。黙ってもらっておけ」
「君の名前は? あとで部隊から手紙を書く。俺にその楽譜を送って欲しい」
「宝剣ノアといいます、この料亭のちかくの置屋『みなとや』に下宿しています」
「宝剣?おい、お前の苗字とおなじだな。西頸城か?」
「私、よく覚えていないんです」
宝剣信一が言った
「では、もう一人の君の名は?」
「
「本間カノか、観音みたいな名前だな、あははは」
花音が「カノ」に聞こえたみたいだ
私たちは宴席から下がった。
芸妓のあやめさんは、驚いて、
「あんたすごいじゃない?まあ、喜んでもらえたし、私も緊張していて出来もよくなかったのをあなたが丸く収めて良かったわ。わたしも名前を覚えてもらったし」
◇◇◇
よく日、二瓶ツルと今度は「川向う」の
竜が島の埠頭に大きな客船が見えた。
「丸んさつわぐ? なんじゃそれ?」
「おめさんがた、ホントに尋常小学校をでたんけ?ぽんつく(おバカ)すぎるろ?」
「ほら、右から左へと読むんだってば」と本間がいう
「ぐわつさん丸?」
「
「そう、新造の客船らて」
「へぇ、そう読むんだぁ」
「もうぐれた(とぼけた)ことばっか言って、あたま、しゃつけら(なぐら)れんようにせぇて」
埠頭の岸壁に汽車が入ってきた。壮観である。
列車が直接客船に横づけできるようになっていた
令和の時代、この萬代橋を渡ったところにはビルが立ち並んでいるが、この時代は原っぱに毛の生えたような場所で、
向こうの
今日は満蒙開拓団、青年開拓団のお偉いさんに弁当を届ける仕事だった。
船から紙テープが下の埠頭にいる見送り人と、たくさん結ばれていた。
あちらこちらで万歳の声が上がっている。
「ねえ、花音」
「なあに?」
「私だってこのくらい覚えているけどさ、ほら、あの家族とか、子供たちとか、いるでしょ?」
「家族総出で開拓に行くんだからね」
後ろで二瓶ツルがじっと私たちの会話を聞いている。
「昭和20年8月9日にソ連が宣戦布告して中国東北部へ侵攻し、たくさんの人がなくなるんでしょ、満蒙開拓団って」
「しっ、未来の話をしちゃダメだって」
「だって、みんな死んでしまうのよ、あの子も生きて帰れるか…」
「言っちゃダメなものは言っちゃダメ、私たちには未来は変えられないの」
「私、行くな!と叫んでやりたい」
「黙っていなさい」
私たちが帰りに萬代橋を渡るころ、ちょうど月山丸は新潟港を出航していった。
◇◇◇
もう季節は冬になり昭和14年1月も過ぎたころ
あの出征の学生さんは東京高等師範学校の学生だと言っていたっけ。
本当は徴兵猶予できるはずを断った、断らざるを得なかったらしい。
もう高田聯隊に入営を済ませた頃であろう。
高田は雪がたくさん積もるところだ
この日も宴会の手伝いをすることになった
北蒲原郡の役場の会合のようだ
役人の中に軍人も混ざっている
ちょうど佐渡の
最初に先付けの料理を持っていった時に、役場の役人の話が耳に入った
役場の兵事係の会合のようだった
「いやぁね、ほらお前んところの村は小作争議が大変だったってな」
「ああ、木崎村んとこが、いっちゃん大変だったみてぇらけど、まあ今はなんとかおさまったんだし」
二瓶ツルちゃんの話だと、昭和6年から7年ごろで東北一帯は冷害で不作続きで、その時に食べ物がなくて奉公に出されたといっていたのを聞いていた。
農林1号の生産が始まって徐々に収量が増えてきた矢先に戦争拡大だった
「あの小作争議に参加した小作人ども、いっさいがっさい召集令状を出したんさね」
「うちもそうらて、小作人の名簿をしらみつぶしに調べてさ」
なんですって????
召集令状って、そんなものなの?ひどすぎない?
そういえば、この前の学生さん、ストライキをやったって言ってたし
(終戦間際の召集は総動員であったが、盧溝橋事件直後は徴兵検査の結果で上位から召集するのが通例だった。現在の韓国は日本の終戦間際の状況を踏襲している)
腐ってる、ホントに腐っている…ランダムとか規則じゃないのか!
私は厨房に行った
宝剣ノアが剥いた生の牡蠣をどんぶりに入れていて、もう一方は出来上がりかけた鍋がある。
「ちょっとノア、その鍋をどうやって出すの」
「あの役場の会合は、小鍋に移して七輪の上に置くってさ、ほら、そこに取り分けた小鍋の準備が出来ているでしょ?」
「今あなたが剥いているその牡蠣は?」
「別の席のものよ」
「ちょっとその剥いたばかりの牡蠣を貸して。あの役場の連中に大サービスしてやるわよ」
「大サービスって、あ、牡蠣はよく火を通せって女将さんが言ってたし」
私は小鍋の上に、生の牡蠣を二、三個づつ落としていった。
「その鍋、どうすんの?」
「このまま持って行ってもらいましょ」
「それが大サービス?」
「ホントのホントの大サービスよ、役場のみなさんに」
※佐渡加茂湖での牡蠣養殖は大正時代から始まって昭和初期に本格化している
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