第6話 初舞台
昭和11年8月
新潟港から清津港(朝鮮半島北部)、羅津港を渡る人たちも増加し、さらには日本からの輸出も増加していく。
新潟市では梨や清涼飲料水を出荷し、景気にわいていた。現在のセイヒョーは当時新潟製氷という名前でラムネなどを製造し満州に出荷している。
◇◇◇
「おまえら、今日も開拓団が市内に泊まって内地(いわゆる日本固有の領土)の最後の晩を過ごす宴会がたくさん入っているから、手伝ってくれ」
私(
もう元の時代に戻るということはすっかり頭から消えているかのように、その日の仕事をこなすのに精一杯だ。
もとの時代では女子高生だったのに。
三味線の稽古も夜遅くこなし、二瓶ツルの師匠との面会もかなった。
でもお座敷の
だがある日、この3人で初めて宴席に出るということが伝えられた。
どうも手がたりないらしい。そしてこの宴席の予算が少ないということで、新米の我々が初舞台となったのだ。つまり、ケチな客の相手ということだ。
女子校の音楽祭で軽音学部をやっていたというもののいままでノーギャラ。
実はタイムスリップした昔の日本で、「はじめてギャラが出る」ライブ、いや仕事だった。
芸妓の名前は、「あやめ」と言われた。本名を聞くと「川村スイ」といった。
なんてキラキラネームなんだ(笑)大正生まれだが、年齢は17歳くらいじゃないか。
なんかチャキチャキした元気のいいお姉さんだ。
それして、新潟弁だと「スエ(当時の表記はゑ・ヱ)」が訛って「イ」と戸籍に書かれている人が多かったと聞く。
令和の時代なら、お婆ちゃんの名前だろうけど、それを聞いて私と宝剣は吹き出しそうになった。「あやめ」さんは、「なにか可笑しいの?」と怪訝な顔だった。
はじめての宴席、ふすまを開けると学生服の青年達だった。
「なんだ、学生の分際で」と宝剣が言う
あやめさんは「新潟高等学校(旧制・現在の新潟大学)の時代から宴会を持ってもらっているの、でも学生だからあまりお金がないのよね」
「なんだ、ショボイ飲み会かよ、まあ練習にはいいかな」と宝剣が言った。
なんのことはない、先輩のための宴席のように思えた。
学生で、タチが悪い。
お酌をするたびに「歳いくつ?」「新顔だね」
なんてことを聞いてきた。
だれかが、ギターも持って来たようだ。当時としては高級品だろう。
宴会の途中から、私たちはお座敷に入っていったので、最初の挨拶とか紹介は聞かなかったのだったが、宴会の〆に司会の学生が立ち上がった。
「きょうはわが師範学校の
「ねえ、宝剣と言ったよね」
「たしかに。わたしの親戚かしら」
「ニューエイって何?」
あやめさんが言った
「召集令状が来たのよ、あのふたり、出征するの」
「ああ、韓流スターが入隊するってアレ?」
「ばか、これはホンモノの戦争よ」
あやめさんが言う
「あの2人、徴兵検査で甲種合格といって自慢してたからね」
「学生でしょ?学徒は免除じゃないの?」
「昭和7年ころだったかな、新潟高等学校で大きなストライキがあって、それと一緒になってやって処分を受けたからねぇ、学生でも兵隊に引っ張っているって噂だよ。ひどいことするもんだよ。この前は東北帝大の学生も医学校でたばかりのヒヨッコも召集されったってさ」
「ホンモノの戦争って……」
「中国の湖北省あたりで戦闘が激化しているってさ。いまたくさんの人が召集されているの」
ああ、戦争に行く人達の壮行会だったんだ。
「なんか新人のヘタな三味線の演奏じゃぁ……まずいよね……あやめさん」
「しょうがないじゃない、学生なんだから」
宝剣も言った。
「わたしの名字、そんなに多くないから、きっと縁者かもしれないわ」
そう言って、近くの学生に彼女は聞いた。師範学校で英語の先生になる勉強をしていたらしい。
そして宝剣乃亜は、ギターを持って来た学生に「ギター貸して」と言った。
どうもそのギターは音がバラバラでチューニングが必要だが、すぐに音を直したようだ。
あの子は、アホな割には音感がある。
学生も酔っ払っていて、宝剣乃亜に言う
「そこのネーちゃん、ギター弾けるんかい?」
「私、これ弾けますよ。いままで学生の飲み会だと思っていてごめんなさい。あなたたち、戦争に行くのね。じゃこのギターで私が得意な送別の曲を演奏して謳うから」
集まっていた学生達が静まり帰った。
「おい、ホントにギターを弾くのか?」
「英語科の先生なら、この歌の意味わかるよね」
O Danny boy, the pipes,
the pipes are calling
From glen to glen
and down the mountainside
あ、ダニー・ボーイなのか
The summer's gone
and all the roses falling
'Tis you, 'tis you
must go and I must bide.
……
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