第4話 置屋

 

 2人は1人の警察官に連れられて警察署を出た。

 その近くにひときわ目を引く高い二つの尖塔の教会がある。


 「あ、これが昔のカトリック教会か」

 「写真で見たことある」

 「今はコンクリート造りだけどね」


 「おまえら静かに歩け」

 「はい」


 2人は日銀新潟支店の前を過ぎると、小林百貨店という看板が見えてきた。

 その向かいに大きなコンクリート造りの建物がある

 新潟市役所と書いてあるようだ

 その前には橋が架かっており、川になっている


 「なんかドブ臭くないですか?」

 「ここ西堀通りでしょ?ってこれが西堀?ホントに堀がある。あれ柳の並木かと思ったら桜のきじゃん」


 「そうだ、おまえら新潟の町は初めてか?どこの在郷ざいごから出てきたんだ」

 

 「ざいご?」

 「田舎ってどんな意味よ、ね?おじさん」


 「巡査と呼べ」

 「巡査殿、私たちの世界にはここには30階建てくらいのマンション……建物が建っているんですよ」

 「30階建て? ウソ付け! こんなところにそんな高い建物なんて建てられるわけない!だいたい大工にそんなものできるわけない」

 「ほんとですってば」

 

 古町十字路の交差点の真ん中に警察官が立っていて、手で合図をしている。

 STOPとGOの文字……なに、

 人力で交通整理をしているの?

 ホントに昔の時代に来たんだ……


 宝剣がいう

 「ねえ、よくライトノベルで過去にタイムスリップするとチートな魔法が使えたりするって」

 「んなわけないでしょ。それにメガネを無くしてよく見えないし」

 「わたしも」

 「あなた近眼だったの?」

 「コンタクトを付けてたの。海に落ちたときに流れちゃって」


 「うわ、なんか大理石の立派な建物……え、これが第四銀行なの?あ、この時代からあるんだ」


 「あたりまえでしょ」

 「なんか映画のセットみたいよね、この街」


 「こっちに曲がるぞ」

 「え、ここが古町通って、みんな木造だし。あ、洋館もある」

 

 珍しそうに歩く2人を警察官は連れて行った。

 古めかしい大きな料亭を通り過ぎる


 そして細い路地に入った。舗装されていない小さな小料理屋が並んでいる。


 「おまえらの宿はここだ。ごめん、女将はいるか?」


 小さな木造の家屋に案内された。

 女将さんが出てきて、女中さんを呼んだ


 「これが警察署長からの手紙だ。この2人を面倒を頼む」


 「なんですって、またぁ。こんな小娘2人を。ひ弱そうで使い物にならないんじゃないの」


 「また今度、宴会を頼むからって、ね」

 「しょうがないね じゃ、そこのふたり、ボッと突っ立ってないで、早く上がって!」


 「はい」


 玄関をあがると急傾斜の階段だ。45度以上はあるような手すりにつかまらないと昇れないような代物だ。魚河岸でもらったボロの着物で上りにくい。

 風呂敷には救助された時に着ていた制服がそのまま包まれていて、抱えて階段も上るのも一苦労だった


 「ねら(貴方達)の部屋はここらて」

 

 女中さんは急に方言になった。


 穴のあいた障子戸を開けると、雑然と座布団やら、茶道具やら、食器やらが置かれている三畳くらいの小さな物置だ。


 「まさか、ここに寝泊まりするの?」

 「ラノベと全然ちがうし~。そしてきっと小間使いとか便所掃除とかでしょ?」


 「そうね、貴方達には掃除、洗濯、水くみなどをしてもらおっかねぇ」


 ああ、命が助かったのはいいもの、昭和の時代、戦前の召使いというか……どちらかというと奴隷に近いような立場からのスタートか。


 タイムスリップは、ラノベのように甘くない。


 きっと、シンデレラのように、こき使われて、白馬の王子様なんて絶対にやって来ないんだ。この時代で奴隷のような生活かよ……


 「トイレはどこですか?」

 「戸入れ?」

 「便所です」

 「ああ、あれ」

 離れになにか小さな建物がある。


 ああ、あれは噂に聞く、ボットン便所か!


 「貴方達の仕事は、最初は『あっぱくみ』してもらおっか、ちょうど一杯になったし」


 「『あっぱ』って何?」

 「ウンチを新潟弁でいうとねぇ。ウンチのくみ取りよね……」


 「そう糞尿あっぱ肥料こやしにするために、くみ取るの!それが『あっぱ汲み』」


 ひえー、下水道でも、バキュームカーじゃないんだ。

 がっくし……

 与えられた仕事がウンコのくみ取りなんて……

 

 私たちの最初の仕事がそれだった。

 なにも、そんな殺生な……


 大きな長い肥柄杓こえびしゃくで便槽から下肥をくみ取って桶に入れる。


 それを業者が取りに来るらしいので、蓋をして鶏小屋に入れておく

 重いし、こぼしたらまさに地獄


 生のウンコより、すこし時間がたって、なんかマロヤカな感じの臭いになっているが、臭いものは臭い(あたりまえ)


 ああ、なんてこった…………

 臭いがなんか鼻に残って、ずっと臭く感じる

 

 ああ、元の世界に戻りたい……けど、どうやったら戻れるんだろう……


 一応、その日はさっきの女中さんから、風呂代をもらって銭湯に行かせてもらったが。これが昭和の時代なのか…………


 2人、風呂から帰ってきて、そして今日は臭いので、そのまま部屋に寝かせてもらえた。でも明日の朝は早く起きて掃除やら、洗濯などをしなければならないらしい。


 食事、お茶碗一杯のご飯に、すこしばかりの漬物。そして具のない味噌汁。

 警察での尋問、そして与えられた狭い部屋、し尿のくみ取り……とんだ一日だわ……


 ガツガツ・・・ん?

 宝剣がご飯を食べている


 「いやー、一仕事したあとの飯はうまい」

 「あんた、臭いがどうとかって」

 「花音、ほら漬物をご飯にのっけて、そしてこの味噌汁をぶっかけて食べると美味しいよ」


 猫マンマじゃねーか!こいつ、完全に昭和初期にライフスタイルが移行しているで。汁かけ飯を美味そうに食べている。し尿のくみ取りしたあとなのに・笑


 そして、私と宝剣の2人で、バタンと狭い物置のような部屋で倒れるように、寝転んだ


 外はきらびやかな世界だが、私たちは小公女セーラか、それともシンデレラなのか


 ◇◇◇


 時計もなにもなく、どれだけ時間が経ったのだろう

 暗くなって電気もない物置であるが、外から三味線の音が聞こえてきた


 誰かが三味線の練習をしているようだ





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