第1章 両津湊

第1話 出航

「出航の30分前までに改札口に並んで待つこと。改札に遅れると船に乗られないからな。時間厳守だぞ。それでに買い物は早く済ませること。解散!」



 私(本間ほんま香音かのん)が楽しみにしていた修学旅行はこれで終わり。高校の軽音楽部の仲間の宝剣ほうけん乃亜のあ。宝剣とか中二病みたいな名字だが、日本に糸魚川市にしか居ない珍しい名字の子だ。地方中堅ゼネコンの社長の孫。

 偏差値が足りなくて県立高校を落ちて、このカトリックの学校に親がねじ込んだ。親は学校の出資者だからだろう。

 私はおじいちゃんまでが佐渡にいて本土に出てきで、両津教会の信者でこの学校を選んだ。


 本当は県立高校に入って進学するつもりだったが、系列の大学に行くよう勧められている。


「ねぇ、ノア、お土産は佐渡金山で買ったし、ちょっと港の商店街を散歩しない?あのあたりに美味しいお寿司やさんがあるって噂だし」


「宝剣、まだ食べる気?太るわよ。そうだ、この港の近くに『北一輝』というエライ人の生家と記念碑とお墓があるんだって。散歩がてらに見てこようよ」


 私と宝剣と、佐渡汽船乗り場の観光案内所に聞きに行った。北一輝さんのお墓はちょっと遠いところにあるらしく、タクシーでないと無理だそうで、近くの八幡若宮はちまんわかみや神社に記念碑があるという。そこなら徒歩10分くらいだと教えてくれた。


 私とノアでその神社に行くと、ボランティアのおじいさん、おばあさんが掃除をしている。私はその人達に聞いた。


「この神社の御利益ってなんですか?」

 いきなり女子高生に尋ねられたおばあさんは、驚いた様子で

「海の安全の神様っちゃ。交通安全もあるし。あんたら旅の人?無事に帰られるよう祈願したらどうっちゃ?」

「ありがとう」


「ねえ、さっきのおばあさん、『ちゃ』と言ったよね。なんか可愛らしいね」

「そうっちゃ」

「あれ、そうか、カノンはお爺ちゃんが佐渡だと言ってたっけ」

「そうっちゃ。さあお参りよ」


「素敵な彼氏ができますように」

「あれ、ノアって彼氏いたんじゃ?」

「別れたわよ、あんなケチで染み垂れたな男なんか」

「あ、そう?でも縁結びの御利益とは言わなかったようだけど」

「いいじゃん」

「あ、石碑がある」

「そうそうレリーフ。北一輝先生は今でも佐渡の人から敬愛されているのよ」

「なんか歴史の教科書でテロを煽動したとか?」

「そんなんじゃないわよ」

北昤吉きたれいきちって、、、え、多摩美大や武蔵野美大の創立者?そんなエライ人がこの街の人?」

「そう、あなたが言うテロリストの北一輝の弟さん」

「美大に合格する御利益があるのかなこの神社?武蔵野美大に入れますように」

「あんまり関係ないと思うけど……てか、あなたカトリックの学校で御利益って何よ」

「いいの」

加茂湖かもこというんだっけ、綺麗ね」

「海とつながっているのよ」

「ホントはオーストラリアに行きたかったけど、佐渡のお魚と美味しかったから良かったわよ。先輩はオーストラリアの食べ物は合わなかったと言ってたから」


 神社を出て少し歩くと、青い大きなフェリーが港に泊まっていて、先頭部分が開いて車が中に入っていく様子が見える。


 私たちが着いたころには、すでに改札前には、本土に向かう人達の長い列が出来ている。担任から渡された三次元バーコードのチケットをブラウスの胸のポケットから取り出して並んだ。


 ボーディングブリッジを渡って船に乗るとき、白い制服の船員さんが私たちに挨拶をして迎えてくれた。

 茶色でシックな内装の、綺麗な吹き抜けの階段を上り、そして2等船室を通り抜けて後部のイベント広場のテーブルに座った。吹き抜けになっている。


 ただ、じっと二時間半を座って待つのもつまらないので、携行のカバンに売店で買ったかっぱえびせんが入っているのを見た。

 これをカモメに投げるとカモメが鳥にくるのだ。

 行きのフェリーで他の乗客がエサを与えているのを見て、ホテルで買って少し食べて、輪ゴムで止めていたのだった。

 ちょっと湿気ていたので、ちょうど良い。


 夕方の新潟港行きの船は定刻通り出港した。

 秋分を過ぎた夕陽を背にして船は走って行く


 夕暮れの船をウミネコがまだ追いかけている

 ホントは売店で何か買って食べたいところだった。


 私はカバンに入っている湿気たかっぱえびせんを取り出した。

 その様子をウミネコは見ていたのだろう、たくさん私の元に寄ってきた。


 宝剣乃亜も甲板に出てきている。

 彼女も手をひらの上にかっぱえびせんをあげて、2人でウミネコに菓子を投げた。


 ウミネコは見事にキャッチする。

 乃亜は人差し指と親指に挟んで空に掲げると、それをウミネコはパクッと捕って飛んでいった。


「きたーおもしろい」

「あの鳥、眼が怖い、逝っちゃってる眼をしているし」


「えいっ」

「ちょっと、そんなに手すりから乗り出すと危ないって」


「え、あ……」

「バカ、落ちるよ!」


 宝剣は手すりから身を乗り出しすぎて転落しそうになった。

 私は彼女の腰を捕まえる、勢いで私も引きずり込まれた


 ドボーン…………ドボーン…………


 海に落ちた

 夕暮れ、透明度が低くなく船の波のうねりに飲み込まれて沈んだ。

 目の前に宝剣の手が見えたので、なんとか握って捕まえた


 ぶくぶくと潜ったが、その後にスクリューが巻き起こす水流で2人とも飛ばされるように流れていく。


 他の乗客が私たちの転落に気がついたようだ。

 私たちが水面から顔を出すと、船のけたたましい汽笛がきこえる


 だが20ノット近くで航行する船はあっという間に遠ざかっていき、泳いで追いつくものではない。


 オレンジの浮き輪が投げ込まれるのを見た。

 もう何百メートル先に落ちただろうその浮き輪を泳いで取りに行かればと2人で必死に泳いでいった


「天の神様、若宮の海の神様、仏様、北一輝さま、私たちを助けてください」そう祈って2人で投げられて浮き輪に向かって必死で泳いだ。


 暗くなりかかった夕暮れの海では新潟の町の灯りが見える。

 私たちを助けにだれか来てくれるか。

 それまで体力は持つだろうか。


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