準決勝【05】『盲点』


 ――やっちまった!


 敵を撃つのをためらって、ガラ空きの背中に攻撃食らうなんて、マジでヘボチョロすぎる。

 背中が焼ける痛みのせいで、体から力が抜けていく――。

 膝をつくまでの間、俺は自分の甘さに自問自答する。


 今回の作戦は、消耗戦の末の一撃必殺が大前提だったろうが!

 今はまさに、その千載一遇の好機だったじゃねえか!

 しかも俺自身は、攻撃を食らっちゃいけねえってのも、大前提だったろう!

 なのに――、なに消耗戦で、自分が先に消耗してんだよ! 俺のバカ野郎!


 敵を確実に倒すには、必ず二発撃つのが鉄則と、俺は自分の小説でも書いてきた。

 オーバーキル――。それがミリタリーの鉄則だったろう……。

 なのに……、二発どころか一発だって俺は撃てなかった。


 女だからか?

 いや違う、俺はすでに初戦で一人女を殺った――。

 そんな事が理由じゃないはずだ。


 だけどあの時は、殺るか殺られるかの状況だった。

 今回は、相手が無防備だったからか?

 無防備な相手を撃つのは、人間として非道だからか?


 そんな理由で――、俺は千載一遇の好機を逃した上に、生命線のHPまで削られちまったのか……。

 ザマあねえなあ……。


 もしかして『裏読み』の警告も、MP消費の問題以外に――、弾丸増やしても、どうせ俺には撃てねえって警告したかったのか……?


 膝をつき、呆然と考え続ける俺の視界に、


「あ、あわわわわ」


 急ぎ立ち上がり、逃げていく女の姿が映る――。

 バカな奴だ――。ここは俺を殺す絶好の機会だったろうに……。

 まあ、バカなのは俺も同じか。

 自嘲しながら、俺は自分のステータスを確認する。

 

 HP:24/95

 

 ここまでの体力消耗と合わせて、今の一撃で相当HPを減らしてしまった。

 だがそれでも、まだ相手と、どっこいどっこいぐらいのはずだ。


 ほんと、体は鍛えておくもんだな――。

 そんな事を考えられるくらい、心も安定してきた。


 女はまだ動揺しているかもしれないが、火炎魔法を打ってきた男の方は、追撃を仕掛けてくるかもしれない。

 ――すぐに警戒しなくては!

 と思っていると、


「ど、どうだ、当てたぞ! すごいだろ⁉︎」


 男は俺の方ではなく、俺から離れ肩で息をしている女に向かって、誇らしげに声を上げていた。


 だが、女の方は、それがひどくカンに触ったらしく、


「はあ⁉︎ 止まった相手に当てただけのくせに、なにドヤ顔になってんの⁉︎ 私が鞭に捕まった時に、なんにもできなかったくせに、今さら……。この役立たず!」


 他人の俺が聞いてもひどい、罵詈雑言を男に浴びせかけた。


「そ、そんな言い方……! なんだよ、エレベーターの時だって、俺が頑張っても文句ばかり……! あ、ありがとうの一言も言えないのかよ⁉︎」


「そうやって口だけは回るのに、他は何にもできないじゃない! エレベーターの時だって、私の指示でなんとかクリアできたのを忘れたの⁉︎」


「君は、いつもそうだ……。ほ、本当に性格ブスだな!」


「また性格ブスって言った……! そういえばエレベーターの時はそれだけじゃなくて、最後は顔もブスって、よくも言ってくれたわね!」


「あ、あれは、もう言う事がなかったから――」


「心に思ってなければ、言う訳がないわ!」


 …………。なんと敵が口喧嘩を始めてしまった。


 前戦の『仲良くしないと出られないエレベーター』で、お互いの嫌いな所を言い合わされた事が、奴らにとってここまでしこりになっている事に、他人事ながら閉口する。


 だがそのおかげで、俺は再び立ち上がる時間を得た。

 狙うなら今だ!


 霞む目を照準に合わせる。

 ダメだ、手も震えている。これじゃ狙っても当たらねえ。

 それなら――イチかバチか乱射するしかねえ!

 生へのわずかな希望を込めて、俺はガバメントの引き金を引く。

 

 ――ドシュッ! ドシュッ! 

 

 一発、二発。その後も、立て続けに引き金を引く――。

 そして最後の七発目を撃ち終わって、俺の目に映ったのは――、まだ健在な敵の姿だった。


 全弾外した――。呆然としているが、苦痛を感じている様子もない事から、どうやら掠りもしなかったらしい。

 まずい。カウンターに来られたら、もう俺は逃げ回る事しかできない。

 それなら、いっそ特攻して肉弾戦に持ち込むか?


 もう後がない俺が、足を踏み出そうとした瞬間、


「ねえ! あなた!」


 と、女の呼びかける声が耳に飛び込んでくる。


 だが俺に向かってじゃない――。それは椅子に腰掛け、戦況を観望しているククルに向かってだった。


「私と――組まない⁉︎」


 ――ハア⁉︎

 耳を疑う言葉だった。


「こんな弱っちい男たちなんか捨てて、女同士、私とタッグを組みましょうよ」


 俺が残弾0になった事に気付いたのか、女はゆっくりとした足取りでククルに近付いていく――。


 突拍子もない提案だが、女の発言に矛盾はない。

 このミッションは、『タッグしないと出られないコロシアム』だ。


 条件に――パートナーの指定はない。


 俺とククルも、前ミッションからの流れで、共にここに来ただけで、運営から指定されたタッグパートナーという訳ではない。

 それは、もちろん相手も同じ。

 だから女とククルが組んで、俺と男を倒しても、条件は満たされる。


 その点は、まったく考えていなかった。

 もしククルが、女の申し出を受けたなら――。


「させるか!」


 焦る思いで飛び出した俺も、ククルに向かって駆け寄るが、火炎魔法を食らったダメージのせいで、あともう少しの距離で足がもつれ倒れてしまう。


「ククル……」


 地べたに這いつくばったまま、顔を上げた俺の目に映ったものは――、妖しく笑いながら俺を見下ろすククルの美しい顔だった。

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