準決勝【06】『俺のため、お前のため』


 もし、ククルが俺を捨てたなら――。


 可能性は否定できない。

 なぜなら俺は、『ククルを救うカッコいいところ』を、まだまったく見せられていないからだ。


 ――私を救ってくださるんでしょう? ならここは、か弱き乙女にカッコいいところを見せてくださいな。


 あんな言葉、戯れ言だったかもしれない。

 ククルは、ただ単に俺が一人で足掻く姿を見たいだけだった――。そう考える方が妥当だ。


 だが、俺はククルに約束した。お前を救ってやる、と。

 それは、いついかなる時でも有効だ。少なくとも俺の中ではそうなんだ。

 だから俺は言いたかった。

 まだ終わっていない。俺が息絶えるその瞬間まで、俺を見届けろ! と。


「…………」


 俺の呼びかけに、ククルは何も答えない。

 無視をしている訳ではない。ただ答えないだけだ。

 それが意味するものを知るために、俺はククルを見つめ続ける。


「ねえ、あなたの願い、『すべての男を奴隷にして女王様になる』って、すごいじゃない」


 『洞察』のスキルで見たのだろうが、女がククルの願いについて追従を述べている。


「なら私と組みましょう。あなたが女王様、私が部下でいいわ。それであの男たちを、殺してしまいましょう」


 女は俺だけでなく、ついさっきまでパートナーだった男の殺害まで示唆する。


「ふ、ふざけるな! このブス女!」


 男が口汚く女を罵る。


「ほら、男なんて、あんなクズばっかなのよ。ねっ、私と組みましょう」


 女がククルに結論を迫る。


 それに焦ったのか、


「チクショー、このブス! なあ、おい君、お、俺と組もう!」


 なんと男の方も手のひら返しで、俺に共闘を申し入れてきた。


 まったく馬鹿げている――。

 その理由はこうだ。


「なあ、お前さあ。そんな事を言う前に、動けなくなった俺に、まずトドメを刺そうとか考えなかった訳?」


「――――?」


 俺の言葉に、男がキョトンとしている。

 どうやら理解できなかった様なので、説明を続ける。


「そうすりゃ、あの女はお前の事、見直すかもしれなかったぜ? それに俺が消えれば残りは三人。もしかすると、ワンチャンそこのククルはお前を新パートナーに選んで、この女を倒してくれるかもしれない。――そうすれば、お前の勝利だ」


「そ、そんな事……」


「なんで最後まで足掻こうとしないんだ! だからお前は『俺を馬鹿にした奴を全員殺す』なんて、歪んだ願いを抱くんだろう。悪りいが、俺はそんな奴と組むのは願い下げだ」


「――ば、馬鹿にすんな!」


「そういうとこだよ」


 激昂する男をさらに挑発して時間を稼ぐ。

 その間、俺は手の中で45口径弾を錬成していた。


 ククルが残してくれた残りMP3――。俺はそれで、最後の最期まで足掻いてやるつもりだった。


「見たでしょ! 男なんて腹の中で、何考えてるんか分からないのよ。あの男だって――」


 そう言って、女が這いつくばったままの俺を指差す。


「魔法さえ使えないくせに、目だけギラギラさせて、上ばっかり見て悪足掻きしてる――。あんなクズに価値なんてないわ――、あっ、痛っ!」


 饒舌に俺を罵り続ける女が、突然、痛みに顔を歪ませる。


 俺を指差す腕が――、突然ククルに掴まれたのだ。


「な、なに? どうしたの? 痛い、痛い⁉︎」


「ああん? どの口が言ってんだ、このザコが」


 そう言いながら、立ち上がったククルは、ミシミシと音を立てる女の腕をさらに握り締め、顔を歪める。


「いるんだよ、てめーみてえな承認欲求の塊みてえなクソザコ女が……。てめーの願いはなんだよ? 『私以上の女を、全員消し去る』だろ? なら、てめーは私の事も消してーんだろ? この超絶美少女かつ最強の、八ツ崎ククル様をよぉ?」


 うわー、ククルさん、なんか変なスイッチ入っちゃったみたいですねー。

 自分の事棚に上げて人の事、承認欲求の塊とか、自分で自分を超絶美少女とか言っちゃって……。いや、もうコメントは差し控えます。


「それにな――」


 突然、ククルの視線が俺に移った事に息を呑む。

 うわ、俺の心の声、ダダ漏れしましかたか? それともククルさん、読心術のスキルとかもありました?


 そんな俺の焦りが杞憂だった事は、すぐに判明する。


「私の奴隷をなぶって、罵っていいのは――私だけなんだよ!」


 言うなりククルが――女の腕をへし折った。


「ギヤーーーッ!」


 獣の様な叫びを上げて、女がのたうち回る。

 見ると、腕があさっての方向にひん曲がっていた。


 それに戦慄を覚える俺に、ククルが近付いてくる。


「ダーリン……」


 そう言ったククルは、いつも穏やかな口調に戻っていた。


「どうして、私に助けを求めなかったんですか?」


「俺は、女との約束は守るんでな」


 即答する。それにククルは満足そうに微笑むと、俺を助け起こすのと同時に――、俺が固く握った拳を開いていく。


 そこにあるのは――三発の弾丸。

 ククルは俺が最後のMPで、45口径弾を錬成していた事もお見通しだった様だ。


「これは……誰のため?」


「まずは俺のため……、そしてお前のためだ」


「ダーリンらしい答えですわ」


 偽りのない言葉に、今度は微妙な微笑みを返してきたが、どうやら合格点は取れた様だ。


「俺でよかったのか?」


 俺もいたずらっぽく問い返す。


「ああいう輩は嫌いです」


「気が合うな」


 そう言って、呆然と立ち尽くすだけの男をチラリと見る。


「今度はやれますか?」


 よそ見をしないでと言いたげに、ククルが俺の顔に手をかけ自分の方に向け直す――。


 それに俺は、ククルを真っすぐ見つめながら、


「ああ」


 と短く答える。


 すると、


 ――チュッ。


 ククルの唇が、俺の唇と重なった。


 突然の舌の暖かい感触に呆然となるが、同時に体に生気がみなぎっていく感覚に驚く。


「私のファーストキス――。ご褒美ですわ」


 そう言ったククルが、俺の手から45口径弾を一つつまみ上げた。


「一つ、いただきますね」


 まるでチョコでももらう仕草で、それをククルはスキルで自分の目の前に固定する。


 それから、


「バーン」


 と可愛く言いながら、弾丸の後部についた雷管を指ではじくと――次の瞬間、離れた位置にいる男の胸に大穴が空いた。


「カッ、カハッ」


 呼吸器官のすべてを破壊されたであろう男が、か細い断末魔の叫びを上げながら、全身にノイズをまとい消えていく。


 発揮されたククルの驚異的な力――。

 拳銃の法則を全無視しながら、指先を撃針代わりに弾丸を発射――。しかも標的を的確に撃ち抜くなど、チートを超えて、もはや本当にファンタジーだ。


 だが、もう俺はこの程度では驚かない。


「さあ、ダーリンの番ですよ」


 ククルが妖しく微笑みながら、促してくる。


「ああ、分かってる」


 すべてを理解している俺は、ガバメントのマガジンを取り出すと、その空の弾倉に残った二発の弾丸を詰め込む。

 そして歩きながらスライドを引く。感じていたが体が軽い。火炎を食らった背中の痛みも、すべて消失していた。


 口移しの『女王様のご褒美』――。

 その余韻に浸りながら俺は、折られた腕の痛みと、恐怖に顔を歪ませる女の前に立つと、

 

 ――ドシュッ! ドシュッ!

 

 一つ、二つ――。今度は、ちゃんと撃てた。

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