準決勝【04】『女王様の鞭』


 MPを必要とする策は、おそらくもう使えない――。

 残りがたった3では、ナイフ一本でも新たに錬成できないだろう。


 『創造』と『錬成』の所要ポイントが、それぞれ足りなければ、たとえ錬成できても不良品ができる。

 土壇場でそんな不確定なものに命を預ける事はできない。


 俺が確実に頼れるのは、手にしたガバメントと、残り十三発の弾丸だ。

 それで勝利をつかむために、今、俺にできる事はなんだ⁉︎

 戦局を優位に進めるための要素とは――なんだ⁉︎


 急ぎ、再度ステータスを確認する。

 やはり『創造』と『錬成』以外に、この状況で役立ちそうなスキルはない。

 戦闘中にレベルが上がって、新スキル追加――、という奇跡も起こってはいなかった。


 チッ、現実はそんなに甘くねえか……。――――いや、これは⁉︎

 心で舌打ちする俺は、それでもある事に気付く。

 

 HP:70/95

 

 俺の基礎体力の高さだ――。

 特別に鍛えていた訳じゃねえが、現世では貧乏暮らしのせいで、あらゆる事を自力でカバーしてきたから、自然肉体は強靭になっていた。


 例を挙げれば、車一つ持ってない俺の移動手段は常に徒歩で、一日十キロ程度歩くなんて事は余裕だった。

 まさかここで、貧乏に救われるとは複雑な気分だが、それでもこれが希望になるのなら利用しない手はない。


 HPは、すなわち体力――。当然それが0になった者は死ぬ。

 緊迫した状況のせいで、根本的な部分を見落としていたぜ。

 

 HP:38/65

 

 HP:30/45

 

 相手の男と女の現時点のHPだ。


 俺は相手の二人に比べ、倍以上のHPが残っている。

 ならば取るべき手段は――持久戦だ!


 決断するなり、俺は敵の二人から距離取りながら駆け回る。

 当然、相手もそれに対応して追いかけてくる。

 これでいい。このまま走り続ければ、先に体力が尽きるのは間違いなく奴らの方だ!


 ――ヒュン! ボーン!


 走る俺の顔の横を、電撃と火炎がかすめていく。

 背を向けた俺に、背後から魔法攻撃を加えてくるのは、もちろん想定内だ。


 だから、


 ――ドシュッ!


 俺も振り向きざま、ガバメントを今度はちゃんと両手撃ちでブッ放す。


 もちろん当たりはしない――。別にあさっての方向に撃っている訳ではないが、ちゃんと狙いをつけていない銃撃が当たるなんてラッキーは、そうそうあるもんじゃない。

 それでも威嚇行為にはなっている――。狙いはこのまま消耗戦が続く事だ。


 45口径弾一発で即死するHPがどのくらいかは分からないが、今は減らせるだけ相手のHPを削っておきたい。

 そして、チャンスが来たら――今度は一撃必殺で勝負を決める!


 とはいえ、それも俺が相手の魔法攻撃に当たらないのが大前提だ。

 もちろん俺も走っているから、HPは減っている。

 そこに電撃や火炎を食らえば、下手をすれば俺のHPの方が下回る可能性だってある。

 おまけに威嚇射撃も続けなければならない。


 ――ドシュッ! カチャッ!


 何度目かの射撃の後、銃身のスライドが後方に下がったままロックされた。

 弾切れだ。という事は、残弾は錬成した予備マガジンに入った七発という事になる。


 ――シュッ! チャキッ! カシュッ!


 空になったマガジンのリリース、予備マガジンの装填、スライドストップの解除を、流れる様に素早く済ませる。

 そして、勝負の折り返し地点を感じた俺が、相手を見ると――、なんとその足が止まっていた。


 体力切れか⁉︎

 だが相手のHPを確認するまでもなく、その理由はすぐに分かった。


「なんなのアイツ、ふざけてんの?」


 痩せてエラ張った女の顔から、怒気と共に非難の言葉が漏れる。

 その視線の先には、俺の遥か後方の壁際に、自分で錬成したであろう豪華な椅子にふんぞりかえるククルの姿があった。


「…………」


 俺もさすが言葉を失った。

 戦闘に集中していたので気付かなかったけど、それはないっしょ、ククルさん……。うん、引くわー。


「まずはアイツから、ぶっ殺してやるわ!」


 次の瞬間、女の手から電撃が打ち出された。

 狙いはもちろん俺ではなくククルだ。


 奴らは、ここまでククルが戦闘に参加していない理由など当然知らない。

 だから、後方にいるククルが非戦闘員と――不幸な――勘違いをしてしまっても無理はない。


 ――バシバシッ!


 はじける様なスパーク音が響く。

 だが俺は、それがククルに直撃したものではないと、はなから分かっていた。


「な、なんなの、あれ……⁉︎」


「ええーーーっ⁉︎」


 焦る女の声と、ただ驚く男の声が同時に上がる。

 なぜならククルは、女が放った電撃を、椅子から微動だにせず、指一本で受け止めていたのだから。


 シールドさえ展開していないその力は、まさにラスボス級のチートぶりだ。

 だがあいつが本当に恐ろしいのは、ここからだ。


「粗相は……許しませんことよ。相応の罰を――受けなさいな」


 電撃を片手で握り潰すなり、逆の手から目にも留まらぬ速さで――漆黒の鞭が繰り出される。

 それが三十メートル近く伸びるのにも驚きだが、次の瞬間、鞭に足を絡め取られた女が、俺に向かって引きずられて来るのだから、さらに驚いた。


 そして半笑いのククルが鞭をふるって、女を俺の足元の位置で解放する。


「――――!」


 突然訪れた絶好の好機――。

 女も突然の事態と、ここまで引きずられたダメージで身動きが取れなくなっている。


 ――殺るなら今だ!


 俺は反射的に、マガジン交換が済んで、全弾装填済みのガバメントを下に向けて構える――。

 照準は女の頭に合わせた。あとは引き金を引くだけだ。


 だが――、


「――――? ――――! ――――⁉︎」


 引けない……。なぜ……引き金が引けないんだ⁉︎

 嘘だろ……? おい……待て……、俺は……、ここにきて、そんな甘ちゃんだったのか⁉︎ いや、そんな訳ねえだろ!


 どんなに自分に言い聞かせても、やはり引き金が引けない。


 ――棒立ちのまま繰り返す自問自答。

 だが、そんな事を許すほど、命のやり取りの場――戦場は甘くなかった。


「グハッ!」


 次の瞬間、俺が感じたのは、背中に受けた火炎魔法の痛みだった。

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