準決勝【03】『計算違い』


 ――チキッ。


 安っぽい金属音が耳に入る。

 想像していた45口径弾の轟音とは、程遠いサウンドだ。


 理由は秒で分かった――。

 シングルアクションのガバメントは、スライドを引かなければ、初弾が薬室に装填されない。

 ミリタリーオタクを自称しておきながら、俺はこの切迫した状況で、そのシステムを忘れ致命的なミスを犯した。


 ――すなわち、空撃ちをしてしまったのだ。


 暴発の危険があるのに、あらかじめ薬室に弾丸を入れておく、コンバットリロードという方法を俺は否定していた。

 緊急時とはいえ、スライドを一回引くだけの時間ぐらいあるだろう――、と。


 だが現実は違った。

 死への焦り、生への渇望というものは、人間をここまで追い詰めるものなのか――。


 おまけにその現実を受け止めた事で、心がパニックを起こしそうになっている。

 事実、俺はわずか数秒だったが、棒立ちのまま固まってしまった。


 ここが本物の戦場なら、俺はもう死んでいただろう。

 だがここが異世界で、かつ『錬成』という神秘の現象を起こしたという事が、相手にも少なからぬ動揺を与えたらしい。

 相手も俺の動きを見守ってしまい、結果、俺は命拾いをしたのだ。


「なに? ハッタリなの⁉︎」


 女の方が状況を理解し始め、すかさず攻撃態勢に入る。

 だが俺も正気に戻り、すかさずガバメントのスライドを引く。


 ――ガシャッ。


 エアガンとは違う、重く、そして粘る様な金属の駆動感。

 それに興奮を覚えた俺は、熱に浮かされた様に片手のまま、その引き金を引く。


 ――ドシュッ!


 想像よりも低い射撃音に気を取られた瞬間、銃を持った手が蹴り上げられる様な衝撃に、思わず体をのけぞらせる。


「ッーっ!」


 無意識に声を出してしまう。


 しまった! 45口径弾の発射反動を、まったく考えていなかった。

 こいつは、今までのM36の38口径弾とは段違いの威力だ。

 それを素人の俺がいきなり、しかも片手撃ちなんてしたもんだから、当然の結果だ。


 脱臼まではしてねえ様だが、手首がひどく痛い。

 クソッ、テレビや漫画の見過ぎだった――。

 たとえ何であれ、拳銃は両手撃ちが基本だろうが!


 ――焦り、しくじり、昂り、しくじる。


 これが――実戦か!

 わずか数秒の間に、それらの葛藤を終えた俺は、自らが放った弾丸の成果に目を移す。


 敵の二人が――体を硬直させている。

 機関砲でもない拳銃だから、衝撃波なんてもんは出てないだろうが、それでもインパクトは十分だった様だ。


 中央から約二十五メートル先の壁にも、ハッキリとした着弾の破壊痕が見える。

 初戦の清楚系ビッチを倒すのにも、38口径弾では五発全弾撃ち込んでギリギリだった。

 だが、この45口径弾の威力なら――当たれば一発で殺れる!


 それを相手も理解したらしい。

 その証拠に、ハッタリではない、俺の武器の威力に距離を取り始めている。


 ――よし、勝てる!

 その思いを確実にするために、俺は考える。

 ガバメントの総段数は七発。今、一発撃って残り六発だ。


 リボルバーのM36と違って、オートマチック拳銃のガバメントは、マガジンの交換で素早く弾丸を補充できる――。

 それなら準備をしておいて損はない。

 だから当然のごとく、俺は予備マガジンを錬成する。

 そして、左手に七発の弾丸が入ったマガジンが生み出された。


 これで俺の持ち弾は、十三発になった。

 少しホッとしたのも束の間、


 ――ゾクッ。


 背筋を襲う悪寒に戦慄する。


 これは――⁉︎

 俺の固有スキル『裏読み』の感覚だった。


 だがここでその警告がくるなんて、まったくの予想外だ。

 なぜ……、いったい何をしくじったっていうんだ? ガバメントを錬成した事か?

 いやそれなら、あれを錬成した直後に警告がきたはずだ。

 なら、いったい何に?


 ――――! 予備マガジンを……錬成した事か⁉︎

 こいつが――不良品だっていうのか⁉︎

 錬成の精度を確認するために、急ぎMPを確認する。

 

 MP:3/50

 

 MPはまだ残っている。錬成は失敗していない。

 胸を撫でおろすと同時に、表示された数値に違和感を覚える。


 ん? ――――⁉︎ なんで……、なんでこんなにMPが減っているんだ⁉︎

 さらなる予想外の事態に愕然とする。


 ガバメント錬成直後の、残りMP14からの計算が合わない。

 俺の計算では、弾丸はMP1で錬成できるはず。それなら七発のマガジンで、消費MPは7のはずなのに……。


 いや――マガジン? まさか、弾丸以外のマガジンの錬成にMPを4も消費してしまったっていうのか⁉︎

 『創造』と『錬成』にMPを2ずつ使ったのなら、弾丸と合わせて11消費した事にも辻褄が合う……。


 自身の計算に呆然となる――。

 残りのMPは、たったの3。

 もしククルが、俺の代わりに伏せ字を開けてくれなければ、ここで俺のMPは0になっているところだった――。


 とはいえMP3で、できる事は限られる。

 つまり今後の戦術が限定的になってしまったのだ。


 今、手にした十三発の弾丸で決着をつけられなければ、俺はほぼ徒手空拳になる。

 低いステータスの相手とはいえ、人の力だけで魔法系スキルに挑むなど無謀の極みだ。


 しかも相手は二人だ。

 これならM36を乱射した方が、マシだったかもしれない――。いや、ブレるな俺!


 目の前の敵以外の、己の心という敵に向かって、俺は必死にそう言い聞かせた。

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