幕間②【01】『悪夢』


 いったい、ここはどこだ……。

 真っ白い空間。ほんとに白以外、なんにもねえ。


 ああ、なんだか胸糞悪りぃ――。

 なんかこう、漠然とした不安に包まれる。


 障害があれば、それを乗り越えればいいなんて、綺麗事は言わない――。

 障害なんて、ないにこした事はない。


 だが、それよりも、障害が起こりそうな『漠然とした不安』は、本当にタチが悪い。

 ああ、そういえば俺は――、親、兄弟、周りの人間たちに、面倒事を押し付けられ続けて、いつもこの『漠然とした不安』を抱いていたんだよな……。


 人助け――。

 活字にすれば美しいが、自分以外のものを救うなんて、生理学的にナンセンスだ。


 個は、まず自分を優先すべきだ。

 その上で、見返り――いや、ギブアンドテイクが成立するなら、他者と関わるべきだ。


 だが無償の奉仕なんて、もうまっぴらごめんだ。

 結局、ただ金と時間を失っただけだった。

 だから俺は捨てたんだ。

 俺という人間のためにならない、すべてを。


 ――さて、新たなスタートだ。

 まずは俺の生き甲斐である、ミリタリー小説をどんどん書かなきゃな。

 えっと、新作のプロットは――、あれ、どこにやったんだっけ?


 それもそうだが、ここどこよ?

 あたり一面が白い……、ほんとに何もない……。


 ん? 人影が見える。

 なんだ、人いたんじゃん。

 まあ、無用の関わりを持つ気はないが、世界のシステムとして他者は必要だからな。


 って、こっち近付いてくる? なんか、やな感じだな。

 年老いた……老人? しかも夫婦か?


 ――――⁉︎


 おいおい冗談だろ? 俺の父親と……母親か?

 なんだよ! こっち来るなよ!

 お前らは、俺を自分たちのために、散々利用したんだろ!

 だから俺は、お前らを捨てたんだよ!

 なんで何も言わねえんだよ⁉︎ 正論すぎて返す言葉もねえか⁉︎


 ん? 人影が増えて――って、兄貴たちまで⁉︎

 なんだ、お前らよってたかって、また俺を利用しようっていうのか⁉︎

 ふざけるな! てめえらのケツは、てめえらで拭け!

 もう俺は優しいだけの◯◯◯じゃねえぞ!


 あれ、なんで自分の名前が出てこねえんだ?

 声に出しているはずなのに、言葉にならねえ……。

 なんだよこれ――。なんなんだよこれ⁉︎


 ――――⁉︎ 人影が……増えていってる⁉︎

 おい、冗談だろ……。

 みんな――俺を利用してきた奴らじゃねえか!


 俺を出し抜いた奴。俺を騙した奴。俺を裏切った奴――。

 みんな……、みんなみんな覚えている!

 忘れてえのに、記憶の底にこびりついて消えない奴らだ。


 なのにどうして――自分の名前が思い出せないんだ⁉︎

 クソッ、みんな俺に近付いてきやがる。

 く、来るな! 俺はもうお前らとは関わらねえ!

 俺は、俺だけのために生きるって決めたんだ!


 ダメだ。逃げる事もできねえ……。足が動かねえ。

 ああ、奴らの影に取り込まれていく。

 また俺は――他人のために消費されていくのか⁉︎

 なんでだよ……。なんで、俺がこんな目に――。


 やめろ!

 やめろ、やめろ!

 やめろ、やめろ、やめろ!


 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、や⊿ろ、やめ◇、や⊆⁂、◎⇔ʼn&――――!!!!!


「やめろーーーっ!」


 叫んだ俺が見たのは――真っ白い空間だった。

 人影は――全部、消えていた。


「ずいぶんうなされていましたね。私に陵辱される夢でも見ていたんですか? ――ダーリン」


 顔を上げると、逆さまの女の顔が見えた。

 影ではない超絶美少女が、不適な笑みで俺を見つめている――。


「ククル……なのか?」


「はい、あなたのご主人様のククルですよ。ダーリン」


 どうやら俺は夢を見ていたらしい。

 それも、とびきりの悪夢だ。


 そういえば『仲良くしないと出られないエレベーター』で、瀕死の重傷を負った俺は、情けねえ事にククルに助けられた後、また気を失ってしまったんだった。


 潰れた腕は――元に戻っている。

 きっとククルが、スキル『再生』と、固有スキル『女王様のご褒美』で治してくれたんだろう。

 しかも気付けば、俺はククルに膝枕をしてもらっている状態だった。


 普通なら飛び起きる所だが、今はそれもできなかった。

 疲労のせいじゃない。この状況が、たまらなく心地よく――俺の寂しさを紛らわせてくれたからだ。


 我ながら情けない。

 それでも俺は、自分を奴隷扱いする女に、さらに情けない言葉を吐く。


「なあ、ククル……」


「はい」


「俺は……俺のままでいいのか……?」


 自分で決めた道。誰にも自分を頼らせない――自分だけを守る道。

 俺はそれが正しいのかを――他人を排除すると決めたくせに――たまらなく他人に肯定してもらいたかった。


「ダーリンは私を救ってくれるんでしょう? なら、私に反対する理由はありませんわ」


 肯定とも否定とも、判断がつかない曖昧な答え――。

 だが、それがククルの、俺の男を立てるための気遣いだという事が、俺には痛いほど分かった。


「おそらく、もうすぐ次のミッションが始まります――。だからこのままもう少し、お眠りなさいな」


 そう言ってククルは、無機質に輝く白い光の世界から守ってくれる様に、膝枕の俺の目の上に手を置いた。

 小さな華奢な手の感触――。それがたまらなく暖かかった。


「――――っ」


 俺はもう耐えきれなかった。


「――――!」


 どうやらククルも気付いた様だ。まあ気付かない訳がない――。その手が突然、濡れたのだからな。


「…………」


 だが、ククルは黙って気付かないフリをしてくれているらしい。


 その優しさに甘える様に――、俺はククルの手の中で、声を殺して泣きじゃくった。

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