三回戦【08】『跳んだハネムーン』


 絶対絶命の状況で、俺はこのミッションのパートナーである、ククルとの勝負を選んだ。

 理由は簡単だ――。俺自身のためだ。


 ククルの事は救いたい。

 だが、それよりも前に、救うべきは『俺自身』であるはずだ。


 おそらく腕を吹っ飛ばされて、痛みに耐えながら最終エレベーターに跳び移れば、ミッションは完了するだろう――。

 それじゃダメだ。俺自身が辛すぎる。


 だってそうだろう。

 腕ちぎられるんだよ! そんなの嫌に決まってるだろう。

 この期に及んで、自分が可愛いのかと問われれば、即答する。

 可愛いに決まってるだろう! と。


 自己犠牲なんて、言葉の上では尊いが、本人の苦痛を度外視した、一種の自己満足だ。

 聖人でもない俺は、少なくともそう思う。


 幸せってのは、まずは自分が幸せになるべきだ。

 現生で親兄弟、社会のしがらみの中で、嫌になるほど自己犠牲を積み重ねてきた俺は、その真理にたどり着いた。


 だから、俺は俺自身がまず幸せになる。

 その上で、好きな者たちも幸せにする。

 強欲か? ああ強欲ですよ。

 自己犠牲なんてもんの上に成り立つ幸せを、俺は認めねえ!


 だからククルに銃を向けた。

 俺の腕を吹き飛ばすという、ククルのやり方じゃ、俺は救われないからだ。


 ククルが望むなら、奴隷にだって、なんだってなってやる。

 だが――俺は俺だ。そこだけは譲れねえ!


「ククル……、お前に生かしてもらっている俺が、お前に勝つだなんて、万に一つも可能性はねえだろう」


 自嘲でもなく、本心で告げる。

 実際、ククルの隙を突いた初撃も、いとも簡単に防がれている。


 しかも今回に至っては、正面切っての銃撃だ。

 まともに錬成できたかも分からないM36で、ククルのシールドを破るなんて、まさに不可能だろう。


「それでも私に挑むのですか?」


 いい質問きたよ。


「ああ、挑むさ――。俺自身のためにな」


 偽りのない本心を告げる。


「まだ……、この異世界でも――足掻く気なの、ダーリン?」


「ああ、足掻くさ。まずは俺は俺を救う。その上でククル、お前も救う――。俺は今まで取り損ねた分――総取りで全部もらう!」


 根拠のねえ自信が、ベラベラと口をついて出てきやがる。

 我ながら何を言っているのかと思う。

 だが、裏も表もない本心を言うのが、こんなに爽快なのかと、俺は死にかけにも関わらず感動さえ覚えている。


 ん? 裏も表も……。

 そういえば、俺の固有スキル『裏読み』の警告――悪寒がまったく襲ってこねえ⁉︎


「プッ、プププッ」


 ククルが、込み上げる笑いを抑えきれずに吹き出している。


「それでこそ……、それでこそダーリンです! 私が欲しくて、欲しくてたまらなかった、足掻き続けるド底辺です!」 


 おいおい、またディスりながらの称賛かよ。

 だが俺は、どうやら最適解を選んだ様だ。


「さすがに今のは……、ちょっとイキそうになっちゃいました」


 そう言ったククルの顔は、本当に恍惚に満ちた表情になっていた。


「そうかよ。俺のテクも中々のもんだろ?」


 そう言いながら、俺は確信した。この勝負――勝ったと。


「ダーリンはぁ、ご主人様の手を煩わせる、とんでもない……、でも最高の――奴隷ですわ!」


 そう叫んだククルが、両手から電撃を放った。

 だがその狙いは、俺の挟まれた左腕じゃない。


 なんとククルの奴、俺の腕を挟んでいる最終エレベーターを、もの凄え出力の電撃で、いとも簡単に吹き飛ばしてしまいやがった。

 そのおかげで、俺の左腕が解放された。


「じゃあダーリン。ハネムーンの仕上げですよ」


 そう言いながら、ククルが倒れた俺を抱き起こし、元の二人三脚の状態に戻す。

 だが、ゴールに続く最終エレベーターは、もうない。


 一体どうやって――、と俺が思う間もなく、


「ダーリン、私を離さないで」


 そう言いながら、ククルが足形を蹴って跳んだ。


 足形を外した事によって、それまで俺たちがいたエレベーターが、奈落に落ちていく――。


 ――さっきの言葉は、このミッション完遂のためだったのか、ククルの本心だったのか?


 宙を跳ぶ絶体絶命の状況では、それを問い質す時間などなかった。

 だが一つだけ確かだったのは、俺は――いや俺たちは、まだ生きているという事だ。


 ククルの体に抱きつきながら、霞む目で見上げた先には、最終エレベーターを吊っていたロープを片手で掴む、ククルの華奢な手があった。

 その遥か上には、小さいが光が見えていた。


 それが、だんだん大きくなっていく。

 ククルの奴、どうやら片手で、しかも指の動きだけで、俺を抱えたままロープを登っているらしい――。


 どんだけチートなんだよ……、こいつは。

 そう思いながら、俺は微かに地面に触れた感触を覚えた瞬間、またしても意識を失ってしまった。

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