三回戦【07】『決断の時』


 イチかバチかの賭けだった――。

 『お互いの嫌いな所を言い合ってください』というのに、好きだと言うなんて、ルール違反に違いない。


 だが本質を見誤るな。

 このミッションは、そもそもが『仲良くしないと出られないエレベーター』だ。


 嫌いな所を言い合うのは、ただ次のエレベーターに行くための『要件』に過ぎない。

 その目的のための手段で、根本を見誤るのは――つまり、仲違いしてしまうなんて本末転倒だ。


 むしろそこが『運営』の野郎の狙いなんだろうが――。

 だから俺は、その逆をいった。

 それが起死回生の一手だと思ったからだが、それだけじゃねえ。


 俺は本物の死を体験する事で、もう絶対に諦めたくないと思った。

 自分の生も、この異世界征服も、そしてククルの事も――。


 ――俺はククルと、いがみ合ったままで終わるなんて嫌だ!


 なぜかそう思った。

 だから言った。

 ククル、お前の事が嫌いじゃない――、好きだ。と。


「…………信じて……いいの?」


 呆然としたククルの顔から、小さな声がこぼれ落ちる。


「ああ、俺を信じろ」


 俺は即答する。


「私のものに……なってくれるの?」


「ああ、俺は俺だが、お前がそれを望むなら、そうすればいい」


「ダーリンらしい答えね。奴隷のくせに悪あがきするの?」


「悪あがきは得意なんでな。お前もそれはよく知ってるだろ?」


「さすが底辺ね」


「ド底辺、なめんなよ」


 ひどい会話だが、なぜかお互い微笑んでいる。

 俺も本心で、ククルからの『称賛』を誇らしいと感じていた。


「私の……どこが好き?」


「まずは、その超絶美少女なとこだな」


「他には?」


「お前の、その漫画家――いや創作者としての才能。正直、リョナ系は好きじゃねえんだが、それでもお前の作品には、人を魅了する力がある」


「他には?」


「孤高の存在を気取っているくせに、実は寂しがり屋なとこかな。会ってから、気付くのに時間がかかったが、そのギャップは確実に『萌え』だぜ」


「他には?」


「あー、数えあげればキリがねえよ。だから――お前のその全部が好きだよ」


「…………」


 ククルが沈黙する。

 さすがに全部とかいうのは、ちょっとはしょりすぎかとも思うが、自然に口から出た言葉だから特に弁解もしない。


 その真心が通じたのか、


「天使の顔で……悪魔の言葉を吐くのね……。ダーリンは」


 呆れた様な顔で、ククルがそう言ってくる。


 だから俺は、


「俺は――こんな時でも、男心を揺さぶってくる、お前のそんなとこが……ちょっと『嫌い』だ」


 と言い返す。


 俺なりのウィットを加えたつもりだが、冷静に考えればトチ狂った会話だ。

 だが俺は――最適解を選んだはずだ。

 根拠のない自信が、全身にみなぎっている。


「あっ⁉︎」


 次の瞬間、ククルが驚いた声を上げる。

 その理由は俺にもすぐ分かった。

 足元の――これを外すとエレベーターが即落下する足形が、回転を始めようとしていたのである。


 通常の二人三脚で立った状態なら、立体駐車場の車のごとく一八〇度回転して、対面のエレベーターに跳び移る流れだが――。


 ちょっと待てよ! 俺、今、すっ転んだ状態で、移動先のエレベーターの底に、腕挟まれた状態ですよ⁉︎

 クソッ、『運営』の野郎! さっきの俺のイタリア人も頬を染めるウィット満点の『嫌い』発言に、ミッション成立判定出しやがったのか!


 足形が回転しようとする動きで、俺の砕けた腕が引っ張られて、もげる様な痛みが襲ってくる。


「うーっ!」


 もはや、うめき声しか上げられない。

 痛みから逃れるために、二人三脚の足形を外せば、エレベーターはその瞬間、奈落の底に落下してしまう――。


 しかも俺だけが死ぬんじゃない。ククルも一緒に死なせてしまう。

 そんなバッドエンドは――、迎える訳にはいかねえ!


 地獄の苦しみの中、必死に考える俺に、


「ダーリン、決断の時ですね」


 ククルが静かな声をかけてくる。


 見上げれば、ククルの両手に『電撃』の光がほとばしっていた。


 ――俺の腕を吹き飛ばしてでも、二人でミッションを完遂して生きる。


 それも最適解かもしれない――。

 だが俺には――別の答えがある。


「ダーリン……⁉︎」


 俺の起こした行動に、ククルが今度は驚いた声を上げる。

 まあ、そうだろう。普通じゃとても考えられない。

 なぜなら、俺はわずかに回復したMPで錬成した拳銃を、ククルに向けていたのだから――。


「確かに……決断の時だ」


 そして俺は、決着をつけるべく、ククルに向かって叫ぶ。


「だからククル、俺と勝負だ!」

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