三回戦【06】『キライ、キライ、キライ……スキ』


 左腕から、全身を駆けめぐる激痛――。

 その衝撃からHP1の俺は、即死、ククルのスキルで蘇生、そしてまたすぐに即死のターンを、これまでにないスピードで繰り返す。


 文字通りの生き地獄――。死ぬ事も許されない俺は、ただただ生の瞬間に、苦悶の叫びを上げる事しかできなかった。


「あら、あら、ずいぶんと無様なお姿になりましたわね――。ダーリン」


 この状況にククルが、俺を見下ろしながら平然とそう言ってくる。


 壁の一面がポッカリ空いたエレベーターを上昇させ、対面が同じ様に空いているエレベーターと、合体させた上で跳び移るこのミッション――。

 その終盤で、合体先のエレベーターに、投げ出された俺の左腕が無惨に挟まれているのに、ククルはかえって冷静さを取り戻した様子だ。


 さっきまでのガキっぽさ丸出しの、屈辱に満ちた動揺は微塵も感じられない。

 むしろ自分を攻撃した相手が、苦境に陥った事で、本来のドS気質が復活した様だ。


 ――こんな事で、マウント取れたからって、満足なのか……?


 理解不能だが、ククルにとっては、これが正常なのだろう。

 飽くなき承認欲求。それは他者が、絶対に自分よりも下位にいなくてはならない。


 そんな事を考えられるくらい、俺の思考も落ち着いてきていた。

 砕けているであろう左腕が、メチャクチャてーが、それにも慣れてきている。


 おそらくは、ククルが固有スキル『女王様のご褒美』のHP回復分を、状況に合わせて増量してくれているんだろうが、それでも事態の解決に繋がっている訳じゃない。


 問題は三つある――。


 まずは二人三脚の状況の俺が、後ろに倒れたまま、かつ左腕を挟まれて身動きが取れなくなった事だ。


 次に、一面だけが空いたエレベーターが、向かい合わせに合体する事によって、一つの部屋になるべき状況が不成立になっている。――これを『運営』がどう判断するかだ。


 そして最後に、この『仲良くしないと出られないエレベーター』というミッションにおけるパートナー――ククルの俺に対する感情が、完全に分からなくなった事だ。


 俺は『お互いの嫌いな所を言い合ってください』というやり取りの中、受け身を捨てて攻撃に出るため、ククルを『ブサイク』と罵ってみた。

 もちろん超絶美少女のククルに対しての、あくまで作戦だったが、それも俺が五体満足というのが大前提だった。


 だが今の俺は、まさに『まな板の上の鯉』状態――。

 元々、主導権はなかったが、これで完全に生殺与奪の権利を、ククルに握られた形になっちまった。

 さあ、ククルがどう出てくるか――?


「アハハッ、腕一本ぐらいなくても大丈夫――。ちゃんと私が飼ってあげますよ」


「――――!」


 ククルの奴、陵辱リョナそのままのセリフを、真顔で言ってきやがった。


 おいおい、ついでになんか電撃魔法みたいなのを、両手にほとばしらせてるぞ⁉︎

 まさか、それで俺の腕を吹き飛ばす気か⁉︎ やめろ! やめてくれ!


「――あら?」


 突然、何かに気付いたククルが、俺から視線を外し何かを目で追った。


「…………ミッション続行の様ですわよ。ダーリン」


 ――なに? どういう事だ⁉︎


 ククルの言葉に、俺も同じ方向を見る。

 

 『お互いの嫌いな所を言い合ってください 10/10』

 

 そういう事か――。エレベーターの合体は不完全だが、それでもミッション続行というのが『運営』の判断らしい。


「あーら残念、ダーリンをダルマにするのは、これが終わってからですね……」


 本心から残念そうな顔すんじゃねえよ!

 だが、これで一旦助かったのも事実だ。


「じゃあ最後も私からいきますね」


 また淡々とククルが言ってくる。

 だが今回は、なんか様子が違っているぞ?


 なんというか、こう――、そう、憑き物が落ちたみたいな、何か達観した様な表情になっている。

 これを彼女がエロ漫画家という点になぞらえて言えば、まさに『賢者モード』の顔だ。


「ダーリンは――」


 おいおい、またそこで口ごもるのか? だが、今回はほんとに何か様子が違うぞ。


「私の………『好き』のサインに全然気付いてくれなかったから……、嫌い」


 そう口にしたククルの顔は、思わず見とれてしまうほど綺麗だった。

 それは純粋な心の表れだったのか――?


「…………」


 俺もククルからの意外な告白に、戸惑い言葉を失ってしまった。


 だ、が、な――、この局面でよくそんな言葉が吐けるな⁉︎

 告白相手の俺、死にかけてるんですよ?

 かつ、あなた、そんな俺の腕吹き飛ばす気、満々でしたよね?


 ………………。まあ落ち着け、俺。人の価値観は千差万別だ――。

 現生で、さんざんそれに苦しめられてきた俺には、これくらい理解の範疇じゃねえか。


 そう自分に言い聞かせながら、俺はククルの言葉を思い返す。

 

 ――理解してくれなかったから嫌い。

 ――うわべの優しさしかくれなかったから嫌い。

 ――可愛いって言ってくれなかったから嫌い。

 

 ネット上だけの交流。

 思いもしなかった異世界での邂逅。

 常識でいえば、そんな状況でメンヘラ女のサインに気付くなんて、まあ不可能だろう。


 だがククルにとっては、そのすべてが真実だったんだ――。

 そして俺が、それに気付けなかった事、受け止められなかった事も、また真実だ。


 だけど、そもそも嫌いな所を言い合って仲良くしろなんて、このミッションの根本がトチ狂ってやがるんだよ!

 クソ運営の野郎め――。だがそのおかげで、俺も思い出せたぜ。


 好きの反対は嫌いじゃない――。好きの反対は『無関心』だという事に。


 だから嫌いっていうのは、本当に嫌いって事じゃねえんだよ。

 つまり『嫌いな所』を言うっていうのは、悪口とは違う。

 それは相手に直してもらいたい所――。すなわち『希望』なんだよ。


 ククル、お前にそれをくれてやる――。

 俺も、お前に無関心ではいられないからな。だって俺は、お前が嫌いではないからだ。


 もうこんなバカげたミッションは終わりにしよう。

 俺の――愛の弾丸でな!

 デレろよ――、ククル!


 俺は大きく息を吸ってから、心の引き金を引く。


「ククル、俺はお前が嫌いじゃない――。好きだ!」

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