三回戦【05】『反撃の一手』


 な、な、なんという事だ!

 俺のパソコンの、精密かつ慎重に秘匿していたはずの隠しフォルダ――『実用』をこいつは見たっていうのか⁉︎


 そういえば、俺の以前の住所を特定するのに、ククルは俺のパソコンをハッキングしたって言ってたよな――。

 じゃあこいつはフォルダ内にあった、あんな画像やこんな動画も、全部全部全部見てしまったっていうのか……!

 終わった。俺の人生……。


「嘘つき……、ダーリンの嘘つき……」


 あ、ククルさん、まだ怒ってらっしゃる?

 って、いや待て! 現状、被害者は俺の方だろ!

 と言っても、これはピンチだ。冷静になれ、俺。


「ダーリンのパソコンの『実用』ってフォルダにあった、ツインテール、金髪、露出――。全部全部、好きだと思って合わせたのにー!」


 いやいやいや、性癖暴露されて、冷静じゃいられねー!

 だが、ここは言わない訳にはいかない。


「なあ、ククル。まあ、アレだ……。お前は、俺の隠しフォルダの…………、その…………、エロ画像を……全部見たんだろうが――」


 なに俺、言い訳モードになってんの? だが、ここは腹を括れ、俺!


「――それが、俺の好みとは限らねえだろうが!」


 ああ、言ってやったわ。

 正直言って、人の性癖なんて千差万別だ。

 かつ、本命と別腹がある。


 つまり、ツインテや金髪や露出なんてのは、俺にとってはつまみ食いジャンルだ。

 まあ言ってしまえば、エロけりゃ何でもいいんだよ。

 そして俺の本命はギャル系ではなく、清純黒髪系だ。


 それを、男心ってものを理解もしないまま、人のPCハッキングするだけじゃなくて、秘蔵フォルダまで覗くなよ。

 俺、メンタル強いからいいけど、人によっては憤死案件だからな!


「ダーリンは……私を騙したの⁉︎ 弄んだの⁉︎」


 えっ、なんでそうなる⁉︎ 言ってる意味、分かんねー!

 ダメだ。元々が少々トチ狂っている、こいつの思考回路は、今まったく機能していねえ――。小手先の事を言えば、その分ドツボにはまる。

 それなら――、ここは直球勝負だ!


「悪りぃけど、正直、お前のそのファッションは俺の好みじゃねえ。でもな――お前は、メチャメチャ可愛いぜ。それは俺の本心だ!」


「嘘! 私を怒らせない様に、適当な事言ってるんでしょ!」


「なんで、そんなに自分を否定するんだ⁉︎ もっと自分に自信を持て、ククル!」


 こいつ、もしかして――手に入れても、手に入れても満足できない『承認欲求』の塊なのか⁉︎

 それなら納得できる。こいつは自分を天才って言っておきながら、自分より下の者を作らなければ不安なんだ。

 で、それでもまだ自分に自信が持てないから、他者を徹底的に貶める。こいつの同人漫画の作風が過激な陵辱エロだったのも、きっとそのせいだ。


 あげく、こいつはそれを虚構からリアルにシフトさせやがった。

 しかも、その標的が、現世でも異世界でも俺っていうのは、マジ勘弁してくれよ……。

 

 『すべての男を奴隷にして女王様になる』

 

 ククルの願い――。その根底にあるものは、思ったよりも根深そうだ。


「さあ、ダーリンの番ですよ。私の嫌いなところは、いったいどこですか?」


 さんざん状況かき乱しておきながら、ミッション進行の催促ですか。ほんと、アッタマくんなー!

 だが、生き残るためには、このミッション――『仲良くしないと出られないエレベーター』を完遂しなけりゃならねえ。じゃなきゃ奈落の底でオダブツだ。


 さあ、どうする――。スキル『裏読み』の警告からして、俺は今、悪手を着々と遂行中のはずだ。

 なら、状況を変える一手を考えろ。

 これまでの、売り言葉に買い言葉じゃねえ。

 逆だ。逆をいくんだ!


 だが、この手で失敗したら……。いや、どの道、このままじゃ千日手の引き分けどころか、ジリ貧の末の『詰み』だ。

 それなら――。


「俺は……、お前のその――ブサイクなところが嫌いだ!」


「――――! ! ! ! !」


 その瞬間、場が凍りついた。

 ククルが、カッと目を見開いている。――というより茫然自失といった方が適切か。

 だが、確実に流れは変わった。ククルがこれまでにない反応を見せているのが、その証拠だ。

 それが吉と出るのか、凶と出るのかは、これからの展開次第――。


 とはいえ、実感がある。俺はこれまでの受け身を捨てて、攻撃に出ているという実感が。

 そして、悪寒が襲ってこない。スキル『裏読み』が警告を発してこない。

 という事は、これが妙手でなくとも、少なくとも悪手ではないという事だ。


「ダーリン……、ひどい……」


 ククルが、うわ言の様に訴えかけてくる。

 成功だ。ククルは俺の言葉に、初めてダメージを受けている。

 同時に二人三脚状態の足形を囲む円が、回転を始めた――。第九関門もクリアだ。


 次は第十エレベーターに向けてジャンプ――、って、


「あああああーーーっ!!!」


 絶叫と共に、ククルがいきなりジャンプを始めやがった。

 やばい、これは計算外だ。

 HP1の俺は、また死ぬ度にククルのスキルで蘇生するんだろうが、これまでにない雑なジャンプに、果たして着地を合わせられるのか――。


 全身を揺さぶられる挙動に、死ぬ、生き返る、を繰り返す。

 クソッ! 走馬灯の様な胸糞悪い感覚の中の、『生』の瞬間に集中するんだ、俺!


 ――ダンッ!


 着地の感覚。足形は――外してない!

 よし、なんとか乗り越えた。と、思ったのも束の間、急上昇を始めた第十エレベーターの動きに、俺の体が自分の意思とは別に、後ろに崩れ落ちる。


 その結果、尻餅をついた姿勢のまま、後ろ半分がポッカリ空いたエレベーターの外に、俺の左腕が投げ出された。


 ――まずい、このままじゃ⁉︎


 もう遅かった。


「うあああーっ!」


 グシャッという、不快な音と共に、俺の左腕が、待ち受ける第十一エレベーター――、すなわち最終エレベーターの床面に無惨に挟まれた。

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