三回戦【03】『引き分けなら負けじゃない』
俺、そういえば将棋弱かったよなー。
なんていうのかな、目先の利益?
なんか、そればっかりに目がいっちまって、取れそうな駒パッカパッカ取って、それで勝ってる気になってたんだよなー。
でも気が付いたら、相手がバシバシ俺の陣に駒打ち込んできて、もうがんじがらめの打つ手なしになって、あげく自分が詰まれた事さえ分かんなかったんだよね……。
まあ元々、俺は数学的な才能はなかったし、別に将棋を数学とは言わないけれど、あの八十一マスの中にある無限のロジックがどうしても読めなくて、いつも悪手ばっかり打ってたんだよな……。
――で、何が言いたいかというと、俺はまたしても『悪手』を打ってしまったらしいという事だ。
『お互いの嫌いな所を言い合ってください』というミッションの、ネタ切れを危惧した俺は、天才美少女であるククルにすべて先行を取らせて、それにおうむ返しに反論する事で、残り八回を難なくクリアしようと目論んだのだが……。
それが、とてつもない『悪手』だったのだ――。
以下、ダイジェストでお送りする。
第三回
ククル「ダーリンは小説の主人公を、いつも都合よく最後に勝たせちゃう所が嫌い」
俺「お前は、正義は最後に勝つという、昔ながらのお約束というものを理解していない所が嫌いだ!」
第四回
ククル「ダーリンは、小説のヒロインをいつも途中で殺しちゃう所が嫌い」
俺「お前は、戦士は最後は一人で戦うという、男のロマンを理解していない所が嫌いだ!」
と、まあそんな感じで第七回まで、ククルは俺の小説についてディスりまくり、俺もまた俺の作品に対する思いを『理解していない!』の一点張りで、ククルに対して言い返しまくった。
判定もすべてクリア。
当然だ。ククルもそうだったのだろうが、特に俺の反論は心の底からの本心だったからね。
だが――、俺が状況の変化に気付いたのは、第六回が終わったあたりからだった。
ククルの呼吸が、明らかに乱れてきたのである。
それは湧き上がる怒りを懸命に抑えているみたいな、とにかく不気味な変化だった。
おまけに心の余裕もなくなっていた様で、それが顕著にあらわれたのが、二人三脚からのジャンプの瞬間だった。
ククルの固有スキル『女王様のご褒美』という保険があったとはいえ、それまでHP1の俺の体を気遣う様な丁寧なジャンプが、目に見えて雑な跳び方になったのである。
正直、血の気が引いた。
足形から足形への移動は、三脚の着地のタイミングが同時である必要がある。
なのにククルは、満身創痍の俺に構わず前のめりに跳んじまったのだ。
結果として、気合と根性と幸運のおかげで、なんとか俺はタイミングを合わせ事なきを得たのだが、あれは本当に危なかった。
もし俺が着地をミスっていたら、そこでエレベーターごと落下してデッドエンド――。
そのリスクは分かっているはずなのに、ククルはいったい何を考えていたんだ⁉︎
とにかく、俺の固有スキル『裏読み』の警告は当たっていた……。
だから俺の打った悪手、『嫌いな所をククルに、全部先に言わせる』――というのを止めようと、何度もチャンスを窺ったが、奴の奔放な独断専行っぷりと、次第に俺も感情的になった事もあって、状況は今に至ってしまった。
やはり一度打った手に、『待った』はきかない様だ。
交互に先行後攻を入れかえて、無難に言い合っていれば、こうはならなかったかもしれない。
相手に全部主導権を渡してしまったのは、後の祭りだが本当にまずかった。
ついさっきの七回目の跳躍も、身体的に本当にきつかった。
死ぬ寸前に生き返る様なチート状態とはいえ、今すぐ倒れ込みたい体に鞭打つのは、精神的にも折れそうになる。
言うなれば、詰んでるのに投了さえ許されない生き地獄だ。
だが、それでも俺は思う。
もしこの状況を耐えきれれば『千日手』に――、『時間切れ引き分け』に持ち込める。
――引き分けなら負けじゃない。
負けなけりゃ――、負けじゃねえんだ!
当たり前の事だ。
こんな状態なのに、相変わらずの自分の足掻きっぷりに、思わず内心で苦笑してしまう。
そんな時、
「ダーリンだって、理解してくれなかったくせに……」
ククルのかすれた声が耳に入った。
自信に満ちあふれていた今までとは違う、悲壮な声音。
上昇するエレベーターの駆動音の中、それが何を意味しているのか、俺にはすぐに理解できなかった。
だがどう考えても、それを問い質せる雰囲気ではない事は確かだった。
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