三回戦【02】『悪手』

 

 ――タンッ!


 俺とククルの二人三脚の足が、三つの足形に同時に着地する。

 タイミングはバッチリだ。

 これなら――と思った瞬間、


 ――グオーン!


 轟音と共に、分離したエレベーターがまた急上昇を開始する。

 よし。まず第一段階はクリアした。

 あとこれを九回繰り返すだけなら楽勝………、楽勝……なのか?


 不安と共にエレベーターが停止する。

 振り向くと、やはりこちら側と同じ四畳半サイズの箱型スペースが綺麗に合体していた。

 状況は、さっきとまったく同じだ。


 形成された約十畳の密室空間。

 これを指定された足形から足形に跳ぶ事で、また分離したエレベーターが上昇していくのだろう。


 俺の予想通り、三メートルの距離を二人三脚で跳ぶ事自体は、ククルのステータスをもってすれば難しい事ではなかった。

 ならそれを着実に遂行するだけ――なのだが……。


 『お互いの嫌いな所を言い合ってください 2/10』


 正面の壁に浮かぶ指定ミッション。

 これなんだよな……。


 これをあと九回か。

 いざ相手の嫌いな所を言えといわれても、さすがに十個となるとネタ切れする可能性があるぞ。


 しかも、以前にネット上で交流があったとはいえ、俺とククルは面と向かって会うのは、この異世界が初めてだ。

 初対面の相手なら、情報量が圧倒的に足りない。

 幸いククルがツッコミ所満載だから、五、六個ならなんとかなりそうだが、やはり先の事が心配だ。


「じゃあダーリン。今度は私からいきますね」


 さっきもそうだが、俺の心配をよそにククルはサクサクとミッションを進行していく。

 やはり天才というものは思考体系が違うのだろうか?


 いや、存外なーんも考えてねえのかもしれねえぞ⁉︎

 いやいや、その考えてない所が天才の天才たる所以なのかも……。

 ……って、やっぱり俺は考え過ぎだわ……。


 あー、こんな自分が嫌になる。

 こんなんだから、俺はいつも袋小路に迷って突き抜ける事ができない――凡人だったのかもしれない……。


 うわー、異世界に来てまで、自分の無力を思い知らされるなんて、キツイわー。

 それはさておき、さあ天才様のククルは、いったい何と言ってくるんだろうか?


「ダーリンはー、小説のタイトルがいちいちセンスのない所が嫌いでーす」


 あーん⁉︎ 今、なんて言ったよ⁉︎

 天才様でも言っていい事と、悪い事があんぞ!


 えーっと、ちょっと待てよ。


 ――『漆黒の裁断者イエロー』『弾丸野郎マシンガン』『爆風は子守唄』『逆襲のリヴェンジャー』。


 今まで俺が書いてきたミリタリー小説のタイトルたちだ――。

 みんなカッコよくね⁉︎ 最高だろーが!


「ウフフッ」


 まるで俺の心を見透かした様に、ククルの奴、笑ってやがる。

 クッソー! そっちがそうくるなら!


「俺は――、俺の素晴らしいタイトルを理解できない、お前のセンスのない所が嫌いだ!」


 どうだ。言ってやったわ!


 ――ウイーン。


 おおっ、また足形を囲む円が回転したぞ。

 売り言葉に買い言葉で、思わず叫んじまったから、ちょっと焦ったが、上手くいったんなら結果オーライだ。


 ん……待てよ? 売り言葉に買い言葉――⁉︎


 そうか、そうだよ、この手でいけるじゃんかよ!

 どうせククルの野郎は、俺のガラスのハートを粉々に打ち砕くボキャブラリーに満ちてるんだろうし、俺はそれにそのまま言い返すだけなら、これほど簡単な事はないぞ。


 いやー、相手が天才で良かった。

 って、なんか俺、そこはかとなく惨め気持ちになってきたぞ……。

 あーもー、四の五の考えるな俺。

 打開策が見つかったなら、ここはとりあえず一直線に突き進むんだ!


「ダーリン、考えはまとまりましたか?」


 ククルがすました顔で俺を覗き込んでくる。

 やっぱりこいつには、なんでもお見通しなのか……。


 それなら――、


「なあククル――」


 俺は、俺の策を実行に移すだけだ。


「嫌いな所だけどさ。こっからは全部、お前が先行で言うって事にしてくれないか?」


「…………」


 どうだ? 別に拒否する理由はないだろう?


「……いいですよ。ダーリンがそれでいいんなら」


 よし! これであとは、足形から足形に跳び移る時の、着地のタイミングさえ気を付ければいい。

 我ながら『妙手』を思いついたもんだぜ。


 そう思った瞬間、


 ――ゾクッ。


 なんだ⁉︎ これは俺の固有スキル『裏読み』が発動した時の悪寒じゃないか⁉︎

 なんで今、これが……。


 まさか――⁉︎

 ククルに全部、先行を委ねちまったのは『妙手』ではなく――、とんでもない『悪手』だったって事なのか⁉︎

 だとすると、まずい!


「おい、ククル――」


「さあダーリン、跳びますよー」


 ダメだ。もうこいつは何を言っても止まらない。聞く耳ももたない。

 それに俺も、跳ぶ事に集中しなけりゃならない。


 考え直す暇もない。

 これは――『詰み』に向かって、一直線に突き進んでるって事だよな⁉︎

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