幕間①【05】『婚姻は双方の同意が必要です』


 言いやがったよ、こいつ……。

 一番触れてほしくない――俺の『真実』。

 才能も運もない、ド底辺。

 でも必死に上だけを見てる――、いわゆるワナビ。

 そんなの俺が一番分かってるんだよ!


「あっれー? 茫然自失になっちゃいましたー?」


 売れっ子作家様が、のたまいやがったよ。

 まあ奴には――八ツ崎ククルには、そう言う『権利』がある。

 だってククルは業界トップクラスの同人漫画家――正真正銘の勝ち組だからだ。


「私ってね。小さな頃から、なーんでもできたから、負け組の人たちの気持ちって、どうやっても分からなかったの」


 おいおい権利があるとは言ったが、だからって人のメンタル爆砕させといて、今度は自慢話ですか?


「でも私、どうしても底辺で足掻く敗者の気持ちっていうものを知りたかった……。だからある日、そんな惨めな人たちを、お話の中で描いてみようって思ったの。ウフフ、私っていいアイデア思いついたでしょ?」


 どんなアイデアだよ……。

 かつ、その作風が陵辱リョナエロって、ククルさん思考回路アグレッシブ過ぎでしょ……。


「そしたら、みんな私の漫画を褒めてくれて……。ああ、やっぱり私って天才なんだなって、人の上に立つべき存在なんだ、って実感しました」


 はいはい、自慢オンザ自慢ですか?

 しかし、こいつのテンポに慣れてきてる自分が、なんだか歯がゆいわ。


「でも、やっぱりお話はお話――。私は人の上に立つからには、本物の負け組を知らなくては、って思ったの!」


 いいですかー。エロスもバイオレンスも、脳内構築までがセーフですよー。

 最近はそれでなくても規制が厳しいんだから、おさわりは心のハンドで、撮影は思い出のシャッターでフォルダ保存がお約束ですよー。


「そんな時ね。偶然、ネットで小説を見つけたの」


 …………! あー、嫌な予感しかしないわー。


「そのネット小説は、ブクマもポイントも全然付いてないのに、とにかく文章の勢いが凄かったの。もう底辺から這い上がるぞ! っていう意気込みだけが、そのまま形になったみたいに――」


 俺のミリタリー小説だろ。そりゃ、あれでも文字通り心血注いでたから、そう言っていただけるのは、ある意味光栄だがな。


「面白かった! 初めて他人の作品で心が震えたわ! だってあんなに無様に足掻いても足掻いても、まったく報われないのに、それでも延々と書き続けるなんて、私には考えられなかった! あまりに惨め過ぎて、もう愛おしくなっちゃう程だった!」


 なんだと……⁉︎

 あー、なんだ? するとこいつは俺の小説に、それを書いている俺自身の姿を重ねて楽しんでたってのか?


「見つけた、って思った! これこそ私が求めていたもの! 最高に惨めで無様で、それでも足掻き続けるド底辺! 私が踏みにじりたくて、たまらなかったものだって!」


 踏むだけなら、もうさんざん顔面踏みにじられましたけどね……。

 しっかし、こいつの本性が相当あぶねえ奴だって事は、これでハッキリした。


「私、もう我慢できなくなったの。だからレオさんの事、探したのよ?」


 えっ? 今、探したって言った? いったいどうやって⁉︎


「レオさん、私のコメントにいつも律儀にコメント返ししてくれてたでしょ。だから、そこからハッキング仕掛けて、住所も職場も特定して会いに行ったの」


 IPアドレスとか通り越してハッキングって……。それ完全に違法行為ですよね⁉︎


「なのに、少し前に引っ越して、仕事も辞めちゃったって聞いて……。ひどいです。もう私、絶望しちゃいました!」


 ストーカーに絶望されたって言われても、謝る気もなんも起きんわ!

 それにしても俺、何もかも捨ててトンズラしてなかったら、こいつにお宅訪問されてた訳だよな……。

 いやー、マジで命拾いしたわ。


 なんでかって、ククルのエロ同人のパターンだと、それから決まってドえらい目に合うんだ。

 うわー、作品網羅してただけに状況が目に浮かんで、背筋が凍るわ。


「会ったら、あんな事やこんな事も、いーっぱいしてあげようと思って、いろんな道具もたーっくさん用意してたんですよ!」


 やっぱりかー! どんな道具かは、想像つくから絶対聞かねー!

 まったく、陵辱エロをリアルに実行とか、マジありえんわ!


「私はあなたが欲しかったの!」


 いや、断固お断りします。


「だから、あなたに会えなくて、絶望した私は叫んだの!」


 あー……、まさかアレですかー。


「私は女王様になりたい! すべての男を惨めにひれ伏せさせて、それを踏みにじる強い女王様になりたい、って――」


「そしたら、光に包まれてこの世界に転移したのか?」


 そうとなりゃ、みなまで聞く必要はねえ。

 どうせこいつも俺と同じく、『運営』を名乗る謎の存在に『願い』を叶えるために、この異世界に引きずり込まれたんだろう。


「そう! そして何もない部屋で目覚めた私は、目の前にいた私を殺そうとした男を始末してから、訳の分からない回廊をひとっ飛びして、この部屋に行き着いたの……。そしたら、あなたが――、レオさんがいたなんて!」


 ククルの奴、目を爛々と輝かせてやがる。

 しかも、どうやら俺と同じミッションをこなしてきたらしいが、俺と違って楽勝でここまで来たって口ぶりだぞ。

 やっぱり、こいつのステータスとスキルは半端じゃねえって事か……。


「これはきっと、いい子にしてた私への『運営』さんからのプレゼントだったのよ!」


 あのー、これってツッコミ待ちですか?

 完全にイッちゃってる目で、いい子とかどの口が言うんですか……。


「あなたは私が思っていた通りの人だった。だからレオさんは、私の奴隷第一号に……、ダーリンにするって決めたの!」


 絶句……。もはやククルの思考回路は理解不能だ。

 理解できるとすれば、こいつは自分で描いていた漫画のヤンデレヒロインと、まったく同化しちまってるって事だ。


 まあ、そもそも作家っていうのは、作品に少なからず自己の願望を投影するものだが、このパターンは危険すぎる。


 とにかく一旦逃げよう。――あれ、離れられないぞ?

 あっ、そうだ。俺とククルの足が縛り付けられてるんだった。

 それに俺たち、『仲良くしないと出られないエレベーター』っていうミッションに挑まなければならなかったんだよな⁉︎


「さあ行きましょう、ダーリン! このエレベーターは、きっと私たちのハネムーンよ!」


 あー、首根っこ掴まれたまま、エレベーターに引きずられていくー!

 うわ、これヤバイ展開じゃないか⁉︎

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