幕間①【01】『回想とおパンツ』


 俺のこれまでの人生は――、まさに挫折の連続だった。


 いや確かに、俺自身の出来も悪かったよ。

 まずは兄弟の中で最低ランクだったしね。

 だがそれも、ちょっとしたキッカケだったと思う。


 ――努力しなけりゃ越えられない、いくつかのターニングポイント。


 その何回目かでつまずいた俺は、そっから失敗する事が怖くなっちまったんだ。

 そっからは、まさに負のスパイラル。


 上を目指すにも、下から這い上がるにも、それ相応の努力がいる。

 天才ならざる凡人なら尚更の事だ。

 そのキッカケが掴めないまま、いつしか俺はアラフィフのオッサンになっていた――。


 中の下の進学。中の下の就職。中の下の恋愛。

 何でも無難にこなせる『器用貧乏』だからこその、『ザ・普通』の人生。


 そんな普通の世界でも――、人の足元をすくう奴はいくらもいたよ。

 頭を出せば叩かれて、優しくすれば騙されて、それならと大人しくしてればバカにされる始末……。


 いつしか俺は、人というものはまず疑うべきだと学んだ。

 するとあら不思議、とっても人生が生きやすくなった。


 そこから生まれた余裕で、俺は人生に逆襲を仕掛ける事にした。

 器用貧乏のせいで、大概の事はできたので選択肢は多岐に渡った。


 だが、どうせやるならスケールは大きい方がいい。

 小さい頃から空想好きだった俺は、自分が思い描く壮大な世界を物語で表現しようと、ネット小説の世界に飛び込む事にした。

 まあ、これがスケールが大きいかどうかは別としてね……。


 そして俺が書いたのは、孤独な主人公が戦場を生き抜き、様々な試練を乗り越えた末に、やがて世界を制覇する英雄譚――。


 まず一作目はコケた。やはり世の中は甘くない。

 それならと挑んだ二作目、三作目も底辺街道まっしぐら……。


 そんな中、世間は俺の作品とは真逆の『異世界』ブームに沸いた。

 リアルでは傷付きたくないから、自然と期待することをやめた俺も、ネットの反応には一喜一憂した。


 ――チクショー、何が異世界だ! 今に見ていろ、次こそは!

 そう決意を新たにした俺だったが、同時に現実問題が待ったなしで襲ってきた。


 生きる事は、みんなが少しずつのマイナスを背負う事で、うまく回る――。

 そのはずなのに、仕事の同僚、親兄弟、どいつもこいつもが、俺に面倒事を押し付ける様になってきたのだ。

 これも器用貧乏の宿命だったのか、効率重視で巧みに時間を作る俺は、他人から見れば余裕がある様に見えたのかもしれない。


 自分が稼いだ時間を、無能な他人のために消費する――。

 合理主義者の俺にとって、正直それは耐えがたい事態だった。

 それでも俺が我慢する事で、みんなが救われるのなら、ゴタゴタが丸く収まるのなら――と、俺は自分を殺して、それらを黙々とこなしてきた。

 だが俺の思いをよそに、要求は日々エスカレートするばかり……。


 再び始まった負のスパイラル――。

 怒りが頂点に達した俺は、ついに家族に絶縁を宣言し、多忙な仕事からも転職して、小説という道にすべてを懸ける事にした。


 元々、好きだったミリタリーの知識に磨きをかけて、時代に逆行するリアル路線で、がむしゃらに頂点を目指し、発表した自信作――。

 だがそれが、これまでにないコケ方をした……。


 ブクマ0、ポイント0どころか、アクセスも0の奇跡のハットトリック。


『こんな世界、俺が征服してやりてー!』


 絶望の中、ほとんど無意識で発した叫び。

 きっと小説の中で世界征服を目指す主人公は、俺の願望だったんだろう。


『なら、お前の力で望みを叶えるがいい』


 そして『運営』を名乗る、謎の存在にそう言われ、俺はこの異世界に召喚されたんだ。


 だが、異世界はラノベの様な夢の世界じゃなくて――現実と同じくらい、いやそれ以上に厳しい世界だった。


 だって召喚されて、いきなり美少女と命をかけたバトルをしたかと思えば、今度はフルマラソンの末に命をかけた、なぞなぞに挑まされたんだよ!


 おまけに飯は毎日、ログインボーナスという名のカ◯リーメイト一箱(四本入り)だけって……。もう疲れたよ、パトラッシュ。


 ああ、きっと俺はぶっ倒れたまま意識が混濁してるんだろうな……。

 それに、なんか頭を地面に押さえつけられてる感じもする。


 おかしいなー? 確かネロ少年なら、ここで天使たちに天国に引っ張り上げてもらえるはずなのに……。


「――っしもーし?」


 ん? なんか幻聴も聞こえんぞ。


「もっしもし、もっしもーし? 死んでますか? 死んでたら返事してくださーい!」


 女の声――。しかも、ふざけくさった事、言いやがって!


「もうちょっと、HPを注入してみましょうかね」


 何を言ってやがんだこいつ。あれ? でも、なんか体が動かせそうになってきたぞ。

 よし――! ダメだ。起きようとしても、頭が固定されて動けない。


「あっ、目が覚めましたか?」


 頭上から聞こえてくる女の声。

 なんとなく状況が予想できた――。

 今、俺はこの女に頭を踏みつけられてるんだ!


「ふっざっけんな!」


 渾身の力で、なんとかうつ伏せの頭を横向きにねじる。

 その結果、やけに底の厚いブーツが、後頭部にかわって俺の頬を踏みにじってくる。

 それでも俺は、無様な横っ面をさらしながら、声の正体を確かめにいく。


 暗闇にひらめく真っ赤なロングスカート。

 その中に見えた白は――間違いなく、女子のパンツだった。


「やーだ、女の子に顔踏まれてんのに、それでもパンツが見たいだなんて……。どんだけ変態さんなんですかー?」


 風に遊んでいたスカートの裾が、あるべき位置に落ち着く。


 そして開けた視界の先で、俺をあざ笑いながら見下ろしていたのは――巻き毛の金髪をツインテールに束ねた絶世の美少女だった。

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