二回戦【05】『ファイト一発!』


 落ち着け。状況を整理するんだ。


 目の前に広がる奈落。

 おそらく今も、ゆっくり落ち続けているであろう天井。

 奈落の先には行き止まりの壁。


 どう見ても前には進めない。

 かといって後ろに戻ったところで、いずれ俺は落ちてくる天井に潰されるんだ――。


 逃げ場はどこにもない。

 いやそれ以前に逃げるのではなく、俺はこの回廊を突破しに来たのだから、打開策を見つけるんだ! 考えろ、俺!


 やはり不気味なのは、五メートル四方はありそうな壁に、ビッシリと埋め込まれた黒いボタンだ……。

 あれを押せっていうのか? にしても、いったいどれを⁉︎


「――――⁉︎」


 真ん中の一つだけ、ボタンが赤い?

 どういう事だ? まさか……⁉︎


 『一発必中しないと出られない回廊』


 空中に表示され続けている、まるで『お題』の様な文字が目に入る――。


 そういう事かよ……。

 前回の『出られない部屋』の悪趣味な趣向を考えれば、『運営』のクソ野郎が、こんくらいの事を仕掛けてきても不思議はねえ。


 落ち着け、俺。そして考えろ。

 魔法系のスキルが皆無な俺に、この状況を打開する方法は――。


 やっぱり銃を錬成するしかねえ。

 しかもあの直径五センチくらいしかねえ、真ん中の赤いボタンに確実に当てられる銃をだ!


 順当に考えれば狙撃銃――スナイパーライフルだ。

 もしもの時を考えて、HPは捨ててかかったが、MPは温存しておいて正解だった。


 HP:8/85 MP:33/35


 さっき、吊り天井を見破るのに『洞察』のスキルを使ったから2減ってるが、まだ十分に余裕はある。

 しかし、HPが一桁まで減っている。

 うわ。これマジで、俺、リーチかかってんな……。


 それはともかくとして問題は――スキルのレベルだ。


 スキル:『創造:LV4』『錬成:LV4』


 やっぱり変わってねえ! こりゃ詰んだかもな……。

 このレベルで俺はオートマチック拳銃の錬成に挑んで、それを暴発させて危うく死にかけたんだ――。


 バレット、ステアー、マクミラン……。

 数々のスナイパーライフルが頭に浮かぶが、オート拳銃さえ粗悪品しか作れなかった俺が、そんなもん錬成できる訳がない。


 仮にできたとしても、まともな精度じゃないだろうし、暴発すりゃ今度こそお陀仏かもしれない……。

 ダメだ! リスクが高すぎる!


 あー、それなら視点を変えろ!

 この前方に広がる三十メートルはありそうな奈落。これが本当に致命傷レベルの深さがあるのかどうかだ。


 薄暗いせいで穴の中がよく見えないが、フェイクの可能性も否定できない。

 今の俺の体力で、いけるかどうかは分からねえが――、もし十メートルぐらいの深さなら、ここに一旦落ちて、壁の至近距離から射撃するのも手だ。


 どちらにしても、真実を調べなきゃ始まらない。

 俺は無我夢中で走る間も握り続けていた、カ◯リーメイトの箱に目をやる。


 手持ちのアイテムは、これしかない。しかも、もう箱がグチャグチャになっている。

 食い物を粗末にするのは本意じゃねえが、今の俺が水なしで食えば、窒息確定の恐怖のアイテムでもある。


 ――ポーン。


 もったいないが、黄色い箱を奈落に向け放り投げる。


 五秒、十秒――。おい冗談だろ!

 十五秒――。パーンと乾いた衝撃音が、穴の中から聞こえてくる。


 ……やべえ。こりゃ相当深いぞ!

 これではっきりした。もう俺には、あのボタンをここから『一発必中』で当てるしかない。


 距離は約三十メートル――。

 落ち着け。千メートル級の遠距離射撃をする訳じゃない。

 スナイパーライフルじゃなくても大丈夫……、大丈夫だ……。


 結局、銃の選択肢は錬成実績のある、リボルバー拳銃のM36のみ――。

 もうあれこれ実験している余裕も時間もない。これが最悪の中での最適解だ。


 ――『錬成』ーっ、M36!


 覚悟を決めて銃を手にする。

 考えたくないが、考えてしまう。それに考えなくてはならない。


 スキル『射撃:LV4』の、今の俺の射撃精度は、距離二十メートルでカ◯リーメイトの箱に、七割の命中率だった。

 状況はそれよりも過酷。しかもメンタルもフィジカルも最悪の状態だ。


 霞む目で、照準器に赤いボタンを合わせるが、それも震えてしまう。

 体力的な事だけじゃない――俺はビビっちまってる。


 条件は一発必中。もし外して、他の黒いボタンに当てればどうなるのか?

 その瞬間、天井が落ちてくるのか? それとも床が抜けて、奈落に真っ逆さまに落ちるのか?


 怖え……。引き金が引けねえ。

 何度覚悟を決め、そしてためらい、どれだけの時間が過ぎただろう――。


 錬成した武器だって、一定時間で消えてしまう。

 もし今、消えてしまったら、俺にはもう再錬成するMPは残っていない。


 クソッ、いったい俺が何をしたっていうんだよ?

 こんな異世界の片隅で、命張らなきゃならねえ程の罪を、俺は犯したのか⁉︎

 あー、シンプルにムカついてきたわ!


「おいコラ、クソ運営!」


 虚空に向かい叫ぶ。同時にアドレナリンが全身を駆け巡った。


「今もどっかで見てんだろ⁉︎ 俺は絶対に……お前には負けねーぞ!」


 疲れ切った体なのに、まるで嘘の様に神経が研ぎ澄まされていく。

 いける、今ならいける!


 グリップをしっかり握り、銃身を安定させ、ブレる事なく照準器に赤いボタンを捉える。

 今なら間違いなく――『一発必中』であれを撃ち抜ける!


 引き金にかけた指に力を込める。その瞬間、


 ――ゾクッ。


 また、あの悪寒だ。なんで今⁉︎

 固有スキル『裏読み』の発動に、俺の気合いは水を差された。


 なぜ今これが……?

 ――そうか!


「ハッハッハッ、ゲホッ! アーッハッハッハッ! ゲホッゲホッゲホッ、ハッハッハッ!」


 腹の底から込み上げる笑いが、むせてもむせても止まらない。

 なぜなら、俺はこのミッションの『カラクリ』が分かってしまったからだ。


「分かったよ――。分かっちまったよ。ああ、そういう事かよ」


 ひとしきり笑い終えると、


 ――パーン!


 俺は中央の赤いボタンから、かなり離れた黒いボタンの一つに向かって、適当に銃を撃った。

 当然、M36の38口径弾が、黒いボタンに命中する――。

 だが――、天井が落ちるどころか、床が抜ける事も起こりはしなかった。


 そうだ。やっぱりそうだよ。

 『一発必中』とは言われたが、当たり判定が一つだけなんて言われちゃいねえ!

 おそらく当たりは黒いボタン全部――。

 ハズレは当たりに見せかけた――、あの赤いボタン一つだけだ!


 ――ゴゴゴゴゴ!


 それが正解だった証拠に、前方の壁が中央から開き、そこから奈落を渡るための橋が伸びてきた。

 もしあの時、アドレナリンにまかせて渾身の一発を命中させていたなら、今頃俺はデッドエンドを迎えていただろう――。


 結局また固有スキル『裏読み』に助けられた。

 まともな神経なら、こんな裏の裏を読む仕掛けなんて、絶対に解けなかった。

 おそらく射撃トレーニングの後、悪寒が走ったのも、命中率にこだわる俺をスキルが事前に警告したのに違いない。


 さて……、『運営』のクソ野郎には言ってやりてえ事が山ほどあるが、まずはこの回廊を出るのが先だ。

 もうステータスを確認する気力もねえが、きっと俺のHPは無くなる寸前だろう。


 足が重い。ここまでフルマラソン級の距離を走ってきたのに、たった三十メートルの橋を渡るのが、とてつもなく辛い……。


 ダメだ。立って渡ると、きっと足を踏み外す。這って進むんだ。

 まるで、これまでの俺の人生を象徴してる様で腹が立つが、最後の最後でドジ踏んじまうよりかはマシだ。


 しっかし、なんで俺、俺TUEEE&チート三昧の異世界で、リアル満点の匍匐ほふく前進とかしてるんだ……。


 生への三十メートルを渡り切る間、俺はずっとそんな事を考え続け――、そして背後に吊り天井が落ちる音を聞いたのを最後に、そのまま意識を失った。

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