二回戦【04】『悪い勘ほどよく当たる』


 なんだ、この胸騒ぎは?

 もう勘としか言えねえが、とにかく嫌な予感しかしない。


 何が? それは分からない。

 だがとにかく、この回廊は早く出なければいけない気がする。

 だから走った。とにかく走って、疲れてもまた走った――。


 時折、ステータスのHPを確認する。

 もちろん、ゼロになって死ぬ様なバカはやらないが、これまでとは違って限界まで進む事にした。




 ……ん?

 閉じていた目を開く。

 どうやら限界まで体を酷使した俺は、小休止のつもりで横になったまま眠っちまったらしい。


 傍らには、ログインボーナスのカ◯リーメイトが置いてある。

 今日こそチョコ味かと思っていたのに、プレーンかよ……。


 だがそんな事は、もうどうでもいい。水なしの状態で、味の薄い粉の塊をむさぼり食う。

 むせても、むせても、食う事を止められない。それはもう本能だった。

 俺の体はここまで消耗していたのか……。


 そりゃそうだ。いきなりこんな迷宮まがいの異世界にすっ飛ばされて、バトルだ魔法だで、普通でいられる方がおかしい。

 そうはいっても俺は現実主義者――。どんな状況だって生きる事を諦めたりはしない。


 しかも、どんな底辺にいたって、俺はいつも上だけを見続けてきた。

 それはこの状況だって変わりはしない!

 笑いたけりゃ笑うがいい。まあ、誰もいないけどね……。


 それに嘆いて何かが変わるのか?

 変わりはしねえ――。それなら進み続けるんだ!




 こうして再び、どこまで続くか分からない回廊を一人進み続けた俺は、また気を失う様に眠り、そして目を覚ました。


 おっ……今日のログインボーナスは、やっとチョコ味か。

 まあ当然か。これでレパートリーの最後だもんな……。


「…………最後⁉︎」


 なんだ、この言い様のない引っかかりは?

 もちろん、カ◯リーメイトの味についてじゃない。そのレパートリーが今日で『最後』という点にだ。


 まさかな……。だが考えるほど不安になってくる。

 考えたくない。もしかして今日が最後――タイムリミットなんじゃねえかなんて。

 チッ、カ◯リーメイトで最後の日を予感するなんてシャレになんねえよ……。

 俺はまだ体を横たえたまま、ボーっと天井を見つめる。


「――――⁉︎」


 お、おい……そういえば、ここの天井ってこんなに低かったか?

 薄暗い回廊だから見過ごしていたが、大の字に寝転んで見上げてるにしては、天井が低すぎる気がする。


 ――くっ、スキル『洞察』!


 天井に表示された――『吊り天井』――の文字。


 クソッ、やっぱりか!

 まさか、これって一日ごとに下がってたんじゃねえだろうな?

 そして今日の終わりと共に、この天井に俺は潰されるのか⁉︎


「冗談じゃねえ!」


 叫びながら飛び起きた俺は、全力で走り始める――。

 走れ、走れ! HPなんか気にするな。

 どの道ここを抜けられなきゃ、その時点で終わりなんだ。

 こんな異世界の誰もいねえ回廊で、一人、吊り天井の下敷きになって死ぬなんて、まっぴらごめんだ!


 そして、どれだけ走り続けたか分からないほどの距離を、何時間も走り続ける――。

 

 ――ああ、息が苦しい!

 ――喉が張り付く。水が飲みてえ!

 ――クソッ、クソッ、クソッ! 足が痛え!

 

 酸素が欠乏してきたのか、次第に意識が朦朧としてくると、そんな愚痴も出なくなってしまう。

 だがそれでも足は止めない――。

 俺の『生』への本能が、それを許してくれなかったからだ。


 もう目も霞んできた。手足の感覚もほとんどなくなっている。

 いつ倒れても、おかしくない――。

 いやそれでも走れ、俺!

 倒れて気を失ったら――そこで終わりだ!


「――――!」

 

 暗がりの先に、小さな光を見つける。

 もしかして……出口か⁉︎


「うわっ!」


 思考が逸れたせいで、限界にきていた足がもつれ、無様にすっ転んだ。


「クッソ、いってー……」


 と言ったものの、正直もう全身の感覚が麻痺していて、それほど痛みは感じなかった。

 それよりも、立ちあがろうと手をついた先に、何もない事の方が気になった。

 霞む目でその先を覗き込んだ俺は、その理由に愕然とする。


「ま、マジか――⁉︎」


 そこにあったのは落とし穴――。いや奈落と言った方がふさわしいだろう。

 なぜなら、それはまるで舞台装置の様に、一本道の床がすっぽりと抜けていたからだ。

 

 床は、前方約三十メートルに渡って抜けている――。

 もし俺は転ばなかったら、勢いにまかせて、この穴に落ちていただろう。


 くっ、ゴール前のトラップのつもりか? それにしても趣味が悪すぎるぞ!

 だがそれは――、まだ衝撃の『第一段階』だった。


「お、おい、なんだよあれ……⁉︎」


 奈落の先に立ち塞がる、行き止まりの壁――。

 その壁一面に張り巡らされた『無数のボタン』に、俺は息を呑んだ。

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