無題 一・五

 ――これでよかったのだ。

 いつから部屋から出なくなったのだろう。美晴と顔を合わせなくて、飯を食わなくて数日がたった。これでまたもとに戻れる。また同じように戻れる。

 日崎壱楼と問われて、やはり肯定することは出来なかった。あの原稿用紙は父さんの作品を真似したものだ。だから、贋作を書いておいて、自分が日崎壱楼だなんて名乗れるはずがない。

 日は雲に隠れ、より気温がさっと冷めている。青空ハウスのチャイムが聞こえてきた。時計を確認すると、朝の十時を指していた。思えば、チャイムが聞こえてきたことなんてなかった気がする。でもいまさらこんなにもはっきり聞こえるのは、自暴自棄になって、何もやる気がしないからだろう。そんな風に自己分析しても、自分を好きにはなれない。

「俺が出ます」

 居間のほうからだろうか、織部さんの声が床に反響して、鼓膜に届く。こんなにも、音が響く所だっただろうか。こんなにも寂しくて、胸が苦しい場所だっただろうか。瞼が熱くなる。目を瞑り、震えを抑える。――駄目だ。

「壱露君。お客さんだよ」

 ノックの音がして、体が覚めた。――客……翠さんか。今は会いたくない。

「翠さんには体調が悪いとお伝え下さい」

「いや、君の父親だと」

 ――父親。織部さんが嘘を言って、僕を部屋から出そうとしているのか。いや、そんなこと翠さんと清子さんが許すはずがない。

 ダンと立ち上がり、しばらくも経たぬうちに部屋から出た。そこには南人さんがいたが一瞥だけして、すぐさま階段を駆け下りた。

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