無題 一
その問いに彼は驚く様子もなく、ただ俯いていた。きっと、わかっていたのだろう。私に聞かれることを。これは疑問じゃない。最終確認だ。私は、壱露君の回答を待つ。だけど、それが肯定以外、何を指しているのだろう。
「それを知って、どうするの?」
――どうするって……。
どうしたいのだろうか。それは自分でもよくわからなかった。それでも知りたいから、としか出てない。
「どうしたいっていうのは特に考えていないけど……でも、いくらなんでも、壱露君が日崎壱楼だっていう根拠が出てきたから」
「我慢できずに聞いたってことか……そう……」
彼が話したがらないことは知っている。でも、それでも――知りたい。
「じゃあ、もう一つ質問してもいい?」
そうして彼は部屋の隅に纏められている古びた原稿用紙を乱雑に持ち上げた。
「なぜ、美晴がこれを持っているの?これは僕が捨てたはずだ。少なくとも、この部屋から見つかるはずがない。戻ってきているがおかしいんだ」
彼が何を言っているのかわからなかった。それは、もとからこの部屋にあったのだ。――そんなことを聞かれても……。なんでここに日崎壱楼が書いた原稿用紙があるの?そうだ。なんでこんなことに気が付かなかったのだろうか。彼が日崎壱楼なら、こんなところに、青空ハウスに原稿なんてないはずだ。だけど、彼はこの部屋にはないはずって言った。この部屋にないなら、他の部屋にあったということだろうか。思考が追いつかない。状況が何もつかめない。
「そのキンセンカは……もとからこの部屋にあったよ……。この青空ハウスにあったけど……壱露君が日崎壱楼なら……こんなところにあるはず無い……待って、なんで壱露君のそれがこの青空ハウスにあるの?」
そうだ。これを最初に見つけたのは、私が入って少し経ってからだ。でもその時はまだ壱露君は住んでいない。日崎壱楼が誰かに渡して、それがここにあったと考えても、それを書いたであろう壱露君が
「七年前に住んでいた家だから、当然だろ?僕が青空ハウスから、この原稿を処分したんだから」
――住んでいた?七年前に?
「もう一回聞くけど、知ってどうするの?」
「どうするって……」
彼の威圧がすべてを物語っていた。日崎壱楼を知るということは、壱露君の過去を知るということなのだ。それが彼にとって、どれほどの苦痛かなんてのは、それは私には想像できないのだから。
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