進む不穏三

 日崎壱露という名前を見て彼に対する不審感が募っていううちに六月中旬になった。彼とは他愛ない話しをするぐらい、むしろ腹の探り合いをしているような気分であまり関係も良くない。彼は私を警戒しているのか、前よりも冷たくなったような気がする。もしかして、あの日崎壱楼と何か関係があるのだろうか。それともただ名字がおんなじだけか。この青空ハウスのことについても知っていると彼は言った、その青空ハウスに日崎壱楼の原稿があった。もしかしたら彼が日崎壱楼なのでは「いやそれだと年齢が合わないか」彼が書いたとなるなら小学生の時になる。じゃあ彼のお父さん?事故で亡くしていることと日崎壱楼が本を出さなくなったのと繋がる。

 そんなことを窓の外を見ながら考えていると、お昼に千代子ちゃんに声を掛けられた。

「実は八月に地域で大きな花火大会をやるらしいんです」

「一緒に行く?」

 誘ってみたけれど、話題を出してきたはずの千代子ちゃんは気まずそうに「ごめんなさい。他に先約がいるんです」と断れてしまった。

「ですが、着物。せっかくですから見に行きませんか?壱露先輩なら多分誘えば来てくださるのでは?」

 彼の名前を出されて、私は黙る。今の彼を誘っても来てくれるのだろうか。

「駄目なら、いいのですが」

「うん、じゃあ期末テストが終わったらにしようかな」

 苦笑いを浮かべながら、一応了承した。千代子ちゃんは私の表情が見えていないのか、嬉しそうに、はい、と言って教室を出ようとしたところで、また立ち止まってこちらに戻ってきた。

「そうだ。美晴さんの誕生日っていつですか?」

「私は八月二十五だけど……」

 多分聞きたかったのはそれなのだろう。友達だとそのようなイベントをやるようだ。

「え、じゃあもうすぐじゃないですか」

「うん。あんまり気にしないから祝われるまで覚えていないけど」

「では、盛大にお祝いしなくちゃですね。壱露先輩も気になっていたようですし」

「え、そうなの?」

 それはいつの話しだろうか。

「ええ、昨日、聞いてこいって言われて」

 昨日。どうして壱露君が私の誕生日を気にするのだろうか。少し前から気まずい関係だと、思っていたけれどもしかしたら私だけがそう思っていたのかもしれない。

 千代子ちゃんは、では、そそくさとと私の席から離れていた。

 そんな千代子ちゃんが微笑ましく感じながらも、それを隠すように本を開いた。しばらくすると教室の隅でひそひそと声が聞こえてきた。視線だけやると、女子二人が千代子に不安げな表情で声をかけていた。

「あのさ、乃木先さん大丈夫?」

 千代子ちゃんは突然話しかけられたため、びっくりして身を固まらせる。

「え?えっと、なんでしょうか?」

「いや、だって青咲さんなんか怖いじゃん?浮いているっていうか……」

 二人の女子は目を見合わせると、千代子ちゃんと距離を縮める。――聞こえているのに。

「なんかさ。不良とは違うけどさ……前も授業で話したとき、すごい冷たかったし……どんな関係なの?」

 千代子はぼーっと表情を変えずに話を聞いていたが、しばらくして表情を曇らせ俯く。

「美晴さんとは……」

 その表情に、女子達は眉を潜める。

「ほら、大丈夫?やっぱ嫌なことされてない?」

 女子達は私に時々視線を送る。それがわざとらしくて、苛立ちを覚えたが、千代子ちゃんの表情を見れば、彼女ら方が正しいのだろうかと不安が勝り、何も言えない。

「いやその、美晴さんは……」

 千代子ちゃんはたじろいだまま、立ち尽くしている。――それとも、千代子ちゃんは彼女らに言い寄られて困っているのだろうか。

 唇を噛み締めて我慢をしていたが、耐えきれずに勢いよく立ち上がった。――あんまり、人前で話したことないけど、一種の不安に駆られながらも、私はその女子たちを睨みつけた。女子達は体をびくっと反応させ、私と顔が合う。そしてまた、ひそひそとこちらに視線を向けながら、聞こえない声で私の悪口を言っている。

 千代子ちゃんは気づいていないのか、じっと俯いたまま、体をせわしなく動かしていた。そして、顔をがばっと上げると、大きな声ではきはきと話し始めた。

「美晴さんは、かわいいと思います!最初は怖かったんですけど、話してみると、ただ、ぶっきらぼうっていうか、純粋っていうか、恥ずかしがりやだと思います!」

 あまりの綺麗で透き通った声で、早口でも一語一句はっきり聞こえた。その様子に女子たちは、ぽけーっと口を開けていた。

 本性をばらされて、私の頬が火照る。

「ばっかぁ……」

「ええ!どういうことぉ?」

 女子たちは千代子ちゃんに意識を戻し、興味深そうににやける。千代子ちゃんも自身の失言に気が付き、慌てふためきながら、両手を左右に振る。

 私が周囲を見渡すと、状況を理解できていない人、驚いたように目を丸くさせる人など様々な反応でこちらを見ていた。どうすればいいか分からず、羞恥心で口を紡ぎ、すぐさま座った。

 千代子ちゃんは焦りが抜けていないためか、走って教室を出て行ってしまった。そして、数分してチャイムが鳴り、彼女は頬を染めながら、速足で教室に戻ってきた。

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