レプリカ 六
――乃木先千代子
ばれた。ばれたばれたばれた!
過呼吸になりそうになりながら、壱露先輩を連れて逃げた場所はマンションに併設されている小さな公園だった。壱露先輩は不快そうに腕を引っ張り返して、私を引き留めた。
「なんだよ」と不快そうに腕を引き剝がして、摩る。
「ごめんなさい」と私の声が怯えていたのを察したのか、壱露さんは身体をピタリと止めて、なんかあったの、と溜め息交じりに聞いてきた。
「その、知り合いがいました」
私の告白に特別驚くわけでもなく、呆れるわけでもなく。
「そう、仕方ないね」とだけ呟いた。
「待ち合わせが悪かった。もっと遠くにすべきだったね。申し訳ない」
そう謝る壱露先輩に申し訳なくなって、ごめんなさい、ともう一度謝り返す。それにしてもどう言い訳をすればいいのだろうか。私が小説家であることがバレるのはまだいい。これは自業自得なのだから、だけど「壱露さんが」と言った途端「大丈夫」と私をなだめる。
「そんな感じの話を確かにしたかもだけど、それでバレるとは限らないだろ。逆言えば聞いてなかった可能性もある。簡単に最悪の方向にもっていくのは千代子の悪いところだよ。最悪誤魔化せる」
「でも、もし壱露さんのことがバレたら、どうするんですか」
私が恐る恐る聞くと彼はただ無常に他人事のように「そのときは止めるだけ」と答えた。
「そんなことあっていけないです!壱露さんがいなくなったら、私はどうすればいいんですか?!どうやって、文字を書いて行けばいいんですか。どうやって、歩いて行けばいいんですか。私はどう生きれば」「千代子!」
理性が効かなくなって叫ぶ私を壱露さ先輩は呼び留める。だけどその顔が憎悪にも近い表情でこちらを睨んでいた。
「君が僕に依存しているのはわかるけど。いくらなんでも、度し難いよ。僕は神様か?ふざけるな。僕には何もないんだよ。家族も、友達も、人生も、存在価値も、才能も。君みたいに普通に生きることもできないだよ。そんなゴミみたいな僕を教祖のように崇めるのはやめろ。気持ち悪い」
そう言い捨てる壱露先輩に私は思わず身体びくり跳ね上がってしまい「すみません」と何度も謝る。だけど、不機嫌が治らないのか「今日は帰る」と言って背を向けてしまった。
「ま、待ってください」「待つ?これ以上どうしろっていうんだよ。君も少しは割り切ったらどうだ」
割り切るって、そんな簡単じゃない。確かに壱露先輩よりは自分は大したことはないのかもしれないけれど、私はなんでも割り切れる性格ではない。小さなことでも重荷になって、自分という自我が圧迫されて叫んでも何も変わらない。ずっと私は私のことを否定している。
「壱露さん」私がそう囁くと彼も聞こえていたようで、振り向かずに立ち止まる。
「私は普通、ですよね」といつものように、毎日のように言い聞かせていることを聞く。壱露先輩は考えるそぶりも見せず、顔だけ私にやった。
「普通だよ。誰よりも、どんなときよりも。君は普通に擬態できている」
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