レプリカ 五

 休日の到来が長く感じた。壱露君と話していくのが楽しくて、私は彼と時々本の話をする。時々というほど少ないわけではないのだけどそれほど多いわけでもなかった。私と彼が会話をすることに夢上さんは気に入ってないらしいけど、そんなのは私と彼のことなのだから関係ない。彼とまた小説の話ができると思って、休日を迎えたのだけど今日は用事で出かけるらしい。

「どこか行くの?」

 そう聞くけど、彼は言えないと言って準備を始めている。いつも垂らしている髪を結わえて、ぶかぶかな服は皺ひとつない黒いシャツとジーパンの質素な服だった。そんなに大事な用事があるのだろうか。じわりと心臓に何かがしみ込んだ気がした。

 彼が青空ハウスを出て、自室に戻ろうとしたところで夢上さんに呼び止められた。どうやら、彼の後をついていこうとのことだった。

「いや駄目ですよ。そんなこと」

「あいつがちゃんとした身なりで外に出るってことは、女だ。絶対」

 女って、彼女と言いたいのだろうか。でも彼女なら彼女であのだらしない服を見せないのもおかしい、だろうか。いや私なら、ちゃんとした服で行くか。ってことは、私にしかあんな姿を見せていないということだろうか。いや、そもそも彼女がいるって聞いたことないし。脳が変な感情でいっぱいになる。悶々とした心臓が破裂しそうで「とにかく駄目ですよ」と叫ぶしかできなかった。

だけど夢上さんはそれでも飄々として「じゃあ、私一人で行くから」と靴を履いた。


「どうして私が」

 駅前の時計台、壱露君は時間をちらちらと見ていた。結局夢上さんについていき、言われるがままに壱露君を探したところを駅方面にいくところを見かけた。夢上さんに言わなくてもよかったかもと後悔を思いながら、私は結局隠れて彼を観察していた。

「やっぱ、惚れた男の子が気になるか」「だからそういうのじゃないですって」

  本当にそういうのじゃない。本当に。ただ夢上さんが彼に変なことをするのではと身構えたからだ。そうだよね。夢上さんの言葉が自分を怪しむ。でも、男女の友達って成立するっていうし。ただの友達だよね。会う人は。

 しばらくして、遠目では分からないけれど、待ち合わせをしていた人とあったようだ。

「あの髪の長さと礼儀正しさから女の子だぞ。やっぱ恋人か」

 心臓がどきりとなった。その黒の整えられた長髪は、私なんかとは釣り合わないほど姿体が綺麗な子だった。顔は良く見えないけれど、その礼儀の正しさも見て、彼にあんな可愛らしい女の子と付き合えるのかすら疑問だ。嫉妬とか失望感からではない。彼とあの女の子は合わないと思う。私情は一切入ってないはず。

「恋人じゃないと思いますけど。だって、彼があの子と付き合うには……」

「ハルちゃんちゃんと現実みようよ。あれは彼女だと。あいつの性格だったら多いにあり得る」

「あり得るって……」

 私が苦言を呈すとこで、美晴ちゃん、と夢上さんが私を呼ぶ。先ほどのニヤニヤとした笑みじゃなくて、真剣な表情だった。

「私があいつのことをろくでもないやつって言ったのは。あいつは人によって性格を変えるやつなんだよ。前にあいつ自分のことを何にもないって言っただろ。それって、何者でもないから、何者でも擬態できるってことなんだよ。ハルちゃんに向けているあの態度も本当じゃないかもな」

 なんでそんなことを言うのだろうか。何の確証があって、何の理由でそんなことを言えるのだろうか。彼が私に見せているものは全て嘘なんて、「そんなことがあるわけがないじゃないですか」夢上さんは少し驚いたようにこっちを見る。

「そんなこと、確かに人は人によって態度を変えるかもしれないですが。限度あるじゃないですか。そうやって人の優しさとか態度を否定するのって人として」そこで思いとどまる。これ以上は言ってはいけないと肺が空気を出さないようにしている。

「わかるけど、そういう人って結構いるよ。自分を全く出さない人」

 夢上さんは私を説き伏せるように呟く。どこにそんな確証があるのかと言えば、夢上さんは大人だからと答えるだろう。そういう人と関わってきたからと言うのだろう。ハルちゃんには友達がいないからだというのだろう。でも、それって全部主観じゃないか。しかも彼がそうだとは該当されないのでは。

 そう文句を頭の上で並び連ねているうちに「お、近くの喫茶店に入っていくぞ。ほら行くよ」と私にサングラスとマスクを差し出す。

「なんですか。これ」

「いや、探偵するならこれだろ」

 またニヤニヤとした笑みを浮かべている。夢上さんは本当に決めつけがましい。

 喫茶店内は思ったよりも静かで普通に話せば声が響いてしまうほどだった。ひそひそと行動したり、話したりしていると店員さんがこっちを見てきて視線が痛い。

 私達は、対面している壱露君と、その女の子のすぐ背を向けた席で聞き耳を立てていた。

「あの、いつものこれ」「毎回渡してくるのはいいけど、別に僕が読まなくてもよくない?訂正も編集部がやるでしょ」「でも、一旦壱露さんに確認して欲しくて」その会話の後に壱露君の溜め息が空気に溶けていく。

「まあいいけど、感想は明日送るから」

 しまう音が聞こえたけれど、それが何かはわからない。読むだとか編集部だとか、恋人らしくない会話。それよりも仕事に近いような。

「ほら恋人じゃないですよ」

「そうかな。当てが外れた」

 途端に夢上さんはつまらなそうに、溜め息を吐いて、窓を見る。もういいや、と飽きた子どものようだった。

 私は終始気になって、小さく覗く。壱露君の怠そうな姿見えるだけで、その女の子姿は見えない。そうしていると「ごめんなさい。少しトイレに」と女の子が言って、立ち上がる。生返事をした壱露君に背を向けたとき、私と目が合った。

「は?」「え?」

 と同時に私と女の子が喉を鳴らした。その女の子は私を見ると、財布から、万札を出して、壱露君を引っ張って喫茶店から出て行ってしまった。私は硬直したままで、不審に思った夢上さんが、どうした、と怠そうな声で聞いてきた。

「同級生」「へ?」「同級生でした」

 夢上さんの表情が強張って「それまじ?」と聞き返してくる。私だって信じられない。壱露君が私の学校と同じ子と一緒にいるなんて。




 

 

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