第7話 高笑いと仏頂面

 店内は暖房が効いてたおり暖かかった。


 私は手招きで木倉を呼ぶ。やつは横目でちらりとボックス席に目をやった、ガラの悪そうな三人組が品のない笑い声を上げていた。一人は小さな缶のような物を持って、そして一人はスマホを持って、そして一人は笑い過ぎて咳き込んでいる。木倉は真顔でスタスタとこちらに歩いて来た。


 「何でございやしょうか、お客人」


 「ファミレスの定員はそんな喋り方しないだろ」


 木倉はニコリともせずに訊いてくる。


 「んで、何だ?」


 「わかってるだろ、あの三人だよ」


 私は木倉にだけ聞こえる大きさで話した。


 「あのグループの一人が料理を落とした女性定員をスマホで、たぶんだけど撮ってた。…見た目で決めつけるつもりはないんだけど、見るからに悪い事しそうじゃないか?」


 男性達は3人共それぞれの髪を派手に染めている、ピアスをしている者もいた。やんちゃな大学生という印象だ。彼らが面白そうに話していると先ほどの女性定員ともう一人男性定員がやって来て頭を下げた。


 「申し訳ございません!お召し物の方は大丈夫でしょうか?」


 「お召し?ああ、大丈夫っすよ!全然!なぁ?」


 一人が言うと他二人も笑いながら答える。


 「本当に申し訳ございません…!」


 女性定員が再び頭を下げた後、三人組は別の席へと移動する。木倉はその様子を相変わらず終始真顔で見ていた。私は訊いた。


 「バイトがサボってていいのか」


 木倉は表情をそのままにこちらを向く。


 「呼んだのはそっちだろ。お客様」


 木倉はため息をつき、声を潜めて言った。


 「立川、あの子はウチの学校の一年。乃木だ」


 あの子…一瞬誰のことだと考えたがすぐに女性定員のことだとわかった。同じ学校だったのか、学年が違うのだから知らないのは仕方がない。


 「乃木は最近入ったばっかりでな。まぁ、ミスは誰にでもあることだ。俺もビールジョッキを5回ほど割ってる」


 ジョッキブレイカー。よくクビにならないな、どう考えても人のこと言える立場じゃない。私の料理を運んで来たロボットもそうだったが、大丈夫か?このファミレス…。いやいや、それよりも問題は…。


 「さっきも言ったがあの女性定員…乃木さんはスマホで撮られてたんだよ。例えばSNSに投稿して店の評判を下げようとか――」


 「確かにあいつらならそんなくだらないイタズラ考えるだろうよ」


 「だろうよ。って、あの三人のこと知ってるのか?」


 「あいつらの席の前が濡れていた」


 質問を避けられた。


 「濡れていた?それで滑ったのか」


 「ああ。ふざけたことしやがって…」


 「お冷でも撒いといたのかな」


 「打ち水か?…いや、それはない。さっきあいつらの席を見たがコップはなかった」


 「じゃあ雪を持ち込んだのかも」


 「随分決めつけるじゃねぇか」


 「お前もあの三人が加害者側だって決めつけてるじゃないか」


 木倉はハッ、と一瞬笑った。


 「そうだな。あいつらは服は無事かと訊かれて大丈夫だと言った。お冷がなかったのは料理がぶち撒けられたときにコップが倒れて自分達に被害が及ぶのを防ぐためかもしれない…」


 それはおかしい。木倉論に反論しようとしたとき、死角から声をかけられた。


 「お客様、どうかなさいましたか?」


 見ると男性定員が立っていた。ああ、そうか。木倉が私の席の前で長居したせいで何かトラブルでもあったのかと思われたのか。今しがた大きな事件があったのだから要らぬ誤解をされぬようにせねば。


 「いえ、すみません。こいつは私の友人でして、バイトをしているのを見かけたもんですから…。つい声をかけたくなってしまい、長く引き留め過ぎてしまいました」


 男性定員は「そうだったんですか、それは失礼しました。ごゆっくりどうぞ」と言うと木倉をひと睨みして行ってしまった。入口を見ると新しい客が入って来ている。早く戻れという意味だったのだろう。それにしてもこいつ、いつも誰かに睨まれてないか?当の本人はため息をつき腕時計を見ている。


 「先輩はあんな顔してたけどよぉ、あと十分で休憩時間なんだぜ?でもまぁ早く戻らないと後から怒られちまう」


 木倉は去って行った、十分後に駐車場に来いと言い残して。


 十分か。残りのハンバーグを食べるには充分な時間だ。



 私は急いで食べても火傷しない熱さになった和風ハンバーグを味わった。


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 

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