第5話 大罪の二番目

夜風が冷たい帰り道で私はそれを木倉に語った。


 「理由はいくつかある。まず一つ、私達は見落としていた…いや、思い込んでいたんだ。うちの学校のテニス部は男女混合で活動している。もちろん、男子部室と女子部室がある。だから自然と思ってしまった…現場が男子部室だから自由に出入りできるのは男子だけだと…」


 「俺は思ってなかったぞ。朝練に遅れて来たっていう女子が怪しいと考えてた」


 「…は?」


 「…ん?」


 マジかよ、いきなり話の腰を折ってきおった…。私は咳払いをして話を続ける。


 「東田さんは最近いつも朝練を途中でやめる」


 「そうだったな。来ることが重要であって、寒いからだと言っていた。それくらいは俺でも覚えてる」


 「そして重要なのは北野先輩のルーティンの話だ。誰が言いふらしたのかは知らんが、かわいそうなことにその話はテニス部では有名らしい。もちろん東田さんも知ってただろう。だから北野先輩が部室を空ける時間も知っていた。そしてタイミングを見計らって犯行に及んだ」


 木倉は顎に手を当て、訊いてきた。


 「だがその話はテニス部では有名なんだろ?他の部員の可能性もある。何で東田なんだ?」


 そうだ。しかしあれは印象に残っている…だが、一瞬だったので私ではその情報を確定することはできない。でもこいつが覚えてさえいればそれを確かなものにすることができる。


 「西牧くんと東田さんの言葉から察するにテニス部は少なくとも今日の朝練では部のジャージを着て練習を行っていた。木倉、今朝教室へ向かう途中でバッグを抱えた、急いで女子更衣室のある方向に向かうジャージの女子がいたのを覚えてるか?」


 木倉はほんの一瞬考え、それから「ああ!そうか…!」と呟き、私が求めていた答えを言った。


 「同じクラスの俺が間違えるはずがない、あれは東田だった」


 そうか、これで全く知らない人の名前を言われてたらそこで詰みだった。…正直ホッとした。


 「そうだ!あいつ、朝のチャイムが鳴る直前にジャージ姿で教室に滑り込んで来たんだった…。俺が、ギリギリ間に合って良かったなと言ったら睨んできた。何で忘れてたんだ?そうか!あいつの睨んだ顔に迫力がなさすぎて記憶に残らなかったんだ!」


 あの表情に迫力が足りないとは…。まぁ、こいつらしい結論か。それにしてもよく間に合ったな…廊下を全力疾走したんだろうな。


 「東田さんが朝練を途中までしかやっていないのにジャージだった理由は二つある。一つは本人が言ってた、遅刻しないように急いでたら上に羽織るものを忘れたって。防寒着を忘れたんだ、寒いと言っていたのに。でもこれはほとんど関係ない」


 そして続ける。


 「二つ目。東田さんは朝練を抜け出した後、先輩が部室から出ていったことを確認し、男子部室に潜入。そして自分のバッグの中に課題等を入れた。次にそれをどうしようかと考える。バッグに入れたままでもいいが、もしものリスクが高すぎる。女子部室に隠そうとしようとすると一年生が珍しく朝練に来てしまった。部室は使えない…。ならばとりあえず女子更衣室のロッカーにでも突っ込んでおこうと考えたんだろう。そして隠すついでに更衣室で着替えようと思ったのだろうが、部室棟から女子更衣室までは意外と遠かったようだ」


 「なるほど…。西牧は助けを求めてたのに東田は俺達には関係ないと何度も突っぱねた。俺だけじゃなくお前にも冷たかったし…自分が犯人だと知られるのが怖かったのか?」


 「誰に?」


 「西牧だ」


 ああ。確かに怒ったときの西牧くんの豹変ぶりはすごかった。木倉がそれを語るとは…つまり東田さんの睨みに勝っているということか…。


 私は続きを話す。


 「それに東田さんは北野先輩が食堂から出ていったときに止めなかったんだ。西牧くんは必死に食らいついて吹き飛ばされていたにもかかわらず。」


 人通りの多い広い道に出た。遠くに駅が見える。


 「それと、一番重要なこと。何より東田さんは北野先輩のことが好きだった。そして好き過ぎたんだ。北野先輩は元々出席日数が足りていなかった、だからとっくに卒業云々という話は出ていたはずだ。しかしそこに現れたのが…そう、テストを受けさせてやるなんて言う慈悲深過ぎる先生だ。北野先輩にとっては最後の希望だが…来年も一緒に青春を謳歌できると喜んでいただろうお姫様はさぞやがっかりしたことだろう。そして狂気の沙汰だ、王子様の馬を殺してしまった。これで二人は離れ離れにならずにすみましたとさ。めでたしめでたし…」


 「好き過ぎた、か…。俺にその王子様を不良呼ばわりされて俺の記憶に残るほど睨んできたもんな…あいつ」


 「好き過ぎたから犯行に及んだという部分に疑問を持たないのか?強欲過ぎるだろ、私が同じ説明をされたら確実に持つ自信がある」


 やつは噛んで含めるように平然と言う。


 「立川、よく覚えとけ。人の気持ちってのは何があるかは本人にしかわからないもんなんだ。北野先輩が不登校気味だったのもそうだ、何か理由があるはずなんだ。それを俺達は……知った気になっちゃいけない」


驚いた。まさかこいつにそんなことを言われるとは…。明日は間違いなく雪だろう。


 「おっと、もうこんな時間か。電車が来ちまう。じゃあな立川、なかなかの名推理だったぜ」


 木倉は駅に向かって走って行った。私はその背中を見送りながら考える。北野先輩はどうなってしまうのか、そして西牧くんはどうするのか。いや、その答えは西牧くん自身と今しがた私自身が語ったじゃないか、木倉の言う通り本人が一番わかっているのだろう。………しまった、また人の気持ちを知った気になってしまっていた。疲れた…私も帰るか。

 



 駅からしばらくの距離離れると人の数が寂しくなった。吐く息が白くなる。


 もう少しで冬休みだ。




 


 

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