第4話 盲点の多い食堂
空は薄暗く、寒風が吹きすさぶ五時過ぎ現在。食堂には似つかわしくない張り詰めた空気が漂っていた。
語り手、西牧くんが話し始める。
「先輩が部室にいた時間帯、朝練に来ていたのは全員が二年生で遠山、加藤、今井、この三人だ。」
テニス部の遠山、私と同じクラスだ。後の二人は知らない。私は質問する。
「二年生だけ…一年生はどうしたの?」
西牧くんは困った顔で言う。
「それが…今年の一年は不真面目なやつばかりで…来いと言っても朝練に来ないやつや、来たとしても遅れて来ることが多いんだ。今朝も練習の終わりかけに男子と女子が一人ずつ、ご丁寧に部室で部のジャージに着替えて来てさ。お疲れ様です。今日も早いですね。だってよ!」
「そうか、苦労してるんだな」
「ああ、すごく大変なんだよ」
今度は木倉が訊いた。東田さんが睨んでいる。
「でもよぉ、北野先輩は部室にいたんだろ?それじゃあ、もし犯人がその三人の誰かでも盗みを働くのは難しいんじゃないのか?」
そして「そもそも課題なんかを盗む理由がわからんのだが」と付け加える。確かにそうだ。北野先輩が部室でゲームをしていたのなら課題、並びに教科書や筆箱を盗むことは不可能だ。ゲームに集中しすぎて気がつかなかったという線もないとは言いきれないが…。そういえば私も気がついてなかったことがあった。
「なぜ北野先輩は三年生なのに朝練に来たんだ?しかも今は十二月だ。三年生はとっくに部活を引退してるはずだろう」
「ああ、そのことか。先輩は朝練をしに来たわけじゃないよ、さっきルーティンの話しただろ。先輩は自販機で買ったコーヒーを飲みながら朝練の時間に部室でゲームをするのが好きなんだ」
それが真面目な人か……。いったいどう真面目なんだ?まぁ、ルーティンというのは人それぞれだ…ということにしておこう。次は木倉のターンだ。
「西牧は朝練に行ったんだろ?東田、お前は朝練に行ったのか?」
東田さんはため息をつき、答える。
「行ったわよ。……一応ね」
何やらわけありげな言い方だ。西牧くんが口を挟む。
「東田はさぁ、最近いっつも途中退社するんだよなぁ。今朝の朝練もちょっとだけ練習したら、寒いからもう無理!とか言ってさ〜。やる気が足りないんじゃないかな」
「うるさいわね!来たってことが肝心なのよ!それに本当に寒かったんだから仕方ないでしょ!遅刻しないように急いでたら上に羽織るものも忘れちゃったし…あんな薄っぺらいジャージだけ着て平気な顔でラケット振ってるアンタ達がおかしいのよ!」
「一応来るってところが相変わらず変に真面目だな~。先輩みたいだ」
「真面目???まだ雪も降ってないってのに、ちょいと根性が足りてないんじゃないか?俺は全く寒くないぞ」
東田さんがまたしても木倉を睨みつける。こいつはなぜ火に油をドバドバ注ぐかな。木倉のターンは終了っと。次は私の番だ。
「先輩はずっと部室にいたのか?そうじゃなかったら、たとえば…トイレとかで部室を離れたりしたんじゃないのか?」
西牧くんはハッとした表情になり言った。
「そうだ、そうだよ!課題が盗まれたのはきっと先輩がトイレに行ったときだ!コーヒーを飲み過ぎていつも決まった時間にトイレに行くのも先輩のルーティンなんだよ!今朝会ったときに冬の寒さとカフェインが合体してトイレが近くなって困るとか何とか言ってた!」
そんなルーティンを部員だけならず部外者にまで言いふらされるとは…可哀想な北野先輩。授業開始時には既に教科書がなかった。ならば課題等が盗まれたのはそのときだろう。テニス部の部室がある部室棟からテニスコートまでは歩いて一分くらい。トイレまでは三十秒くらいだが…北野先輩が用事を済ませ、戻って来るまでの時間があれば犯行は十分に可能と言えるだろう。しかし、問題は誰がやったかだ。
腕を組んだ木倉が言う。
「それじゃあ、北野先輩が便所に行っている間に…その、何て言うんだっけ…その三人に動きはあったか?」
「遠山、加藤、今井のことか。確か加藤と今井がトイレに行くと言ってコートを離れたな。二人が戻って来る間、僕と遠山の二人で練習をしてたんだ」
遠山は無罪。そうだ、もう一つ訊いていないことがあった。
「西牧くんはさっき、『先輩が部室にいた時間帯』って言ってたよね?先輩が部室を出るのを見たの?」
「水筒を忘れちゃって、加藤と今井が戻って来てから部室に行ったんだ。そしたら先輩が、俺はもう行くぞと言って部室を出て行った。」
すかさず木倉が問う。
「そのとき北野先輩はバッグが軽いとかは言っていなかったのか?」
西牧くんは唸った。
「言ってなかった。実は先輩が忘れたと言っていた課題はプリントが十数枚とワークが三冊、それと教科書が確か……二冊?だったかな…」
うーむ。ワークや教科書はともかく、十数枚と言えどもプリントがなくなった程度ではバッグが軽くなったということには気がつかないだろう。そして北野先輩は木倉が『弁慶』と称すほどの、何だって軽々と持ち上げることが出来そうな体格だ。もしかすると西牧くんの言う、ワーク三冊と教科書二冊がなくなったとしても気がつかないということもあり得るのかもしれない。しかし、誰が盗みを働いたというのか。そしてなぜ、そんなことをする必要があったのだろうか。わからん、そして寒いっ。私は着ているトレンチコートの内ポケットからカイロを取り出すと手を温めるように両手で揉みほぐす。そんな私を見て、木倉が邪悪な笑みを浮かべる。
「さっすがはイマドキのファッショナブル男子だな!立川!懐にリボルバーではなくカイロを入れていたとは…いつ敵に胸を撃たれても、コイツのおかげで助かったぜ。ってのが出来るわけだ!」
この野郎…まだ朝のやり取りを覚えてやがったのか。今はこいつの軽口につき合う気分ではないというのに…。しかも西牧くんと東田さんがいる前で言うとは、「ファッショナブル男子」とか言った自分が恥ずかしくなってきたじゃないか!……ん?男子だって?…あれは印象的だったから覚えているが……まさかあのとき………!!
私は、何の話だ?というふうに困り顔の西牧くんに向き直る。
「大したことじゃないんだけどさ、加藤と今井って女子か?」
「いや、男子だよ。それがどうかした?」
そうか…だとすれば……いやしかし、これは………。
私はとりあえず笑って誤魔化す。
「ああ!本当に大したことじゃないんだ!遠山は同じクラスだけど加藤と今井のことは全く知らないからさ!」
「あ〜そういうことね」
西牧くんは簡単に納得してくれたけれど、木倉の鋭い目つきがさらに鋭さを帯びた気がした。さて、ここからが本題だ。これを今この場で話すか否か。私が悩んでいると木倉が出し抜けに言った。
「あ〜あ!ちょっと疲れたなー。ん?おいおい、もうこんな時間じゃねぇか」
木倉は時計を指さした。六時ちょっと前だった。
やつは全て見透かしたように白々しく提案する。
「今日はもう帰ろうぜ。見ろよ、既にお空が真っ暗だ」
西牧くんはしばらく無表情で窓の外を見つめていたが、やがて笑顔でこちらを向いた。
「そうだね…帰ろうか。相談に乗ってくれてありがとう木倉、それと…」
そういえば名乗りもせずに長い時間話していたのか。なかなか失礼なやつだな、私は。
「立川だ」
「そうか、立川くんホントにありがとね」
西牧くんはにこやかに笑った。だが、私にはその笑顔が無理をしている顔に思えてならなかった。私は最後に訊いた。
「西牧くん、北野先輩は東田さんと同じで…その…変に真面目なんだろ?それで、北野先輩は……気を悪くしないでくれ…もしも、もしもだ。北野先輩は卒業できないとなったらどうするような、どんな人だ?」
西牧くんは苦い顔で笑った。
「…先輩は、先生に言われた。あのとき先輩は………先生に卒業できないと言われた…。そしたら先輩は言った。俺はどこかに消えたりせず、もう一度高校生をやって…ちゃんと卒業するから心配すんなと言った。…馬鹿なのに、変に真面目な人だ」
「………そうか、ありがとう」
帰り道を私達は並んで歩いていた。木倉は電車で登校したらしく、駅までは歩きのようだ。私は木倉に合わせるために自転車を押して歩く。先に口を開いたのは木倉のほうだった。
「トレンチコートを着て自転車に乗るって、正直漕ぎにくくないか?」
最初に何から聞いてくるかと思えば…そんなことかよ。
「……漕ぎにくい」
「ククッ、いやはや!ファッショナブル男子というのも大変だね〜!」
こいつ…まだ言うか……。
木倉は大袈裟に笑っていたかと思うとピタリ、と真顔になり訊いてきた。
「で、何かわかったんだろ。聞かせてくれよ」
やっぱりこいつは私の不自然な態度を怪しんでいたのか。
「わかった。話そう」
私達は街灯が連なる人通りのない狭い道を歩いている。ちかちかと街灯が点滅した。そして、夜風が肌を突き刺す。
私は木倉に語る 「……犯人は東田さんだ」
冷えた風が容赦なく顔に浴びせられた。寒い。こりゃあ、明日には雪が降るな。
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