第3話 その御仁は如何なる人か
冬は日が落ちるのが早い。まだ四時台だというのに辺りは暗くなり始めていた。
なんだかんだで私も「木倉の友人だからOK」ということで話を聞く許可を貰い、私達は食堂のテーブルを一つ占拠した。西牧くんが事の発端を語り始める。
「あの先輩…北野先輩は僕と東田の所属してる部活、テニス部の先輩なんだ。先輩は元々学校をサボりがちだったんだけど、今年に入ってからだったかな…それが酷くなったんだ」
木倉が顎に手を当てて訊く。
「ふぅむ。北野先輩に西牧、そして東田か…それじゃあ、テニス部には南ナントカさんもいるってことでいいのか?」
くだらないことことを訊くな!もっと重要な情報があっただろ…まさか聞こえなかったのか?私が木倉の呑気な感想に呆れていると東田さんが口を開いた。
「三年生に南先輩がいるわ。何度でも言うけど、アンタには関係ないことよ。興味がないなら帰って今日の課題でもやったらどう?」
やはり、どうにも東田さんは木倉への当たりが強いようだ。木倉のやつ、さては何かしたな?当の本人は「ほほう、ナントカはいらなかったわけか…」などと抜かしている。西牧くんもよくこんなのに相談しようと思ったな。私は西牧くんに言った。
「悪いね、続けてくれないか」
西牧くんは頷き、再び語り出す。
「それで出席日数が足りなくなっちゃって、しかもこないだの期末テストまですっぽかしたもんだから…それに先輩は課題を何一つ出してない。先輩の卒業は絶望的だったよ」
そしてここからが本題だというように口調を強くした。
「それでも先輩を見捨てようとしなかった慈悲深い先生がいたんだ。その先生は言った、まずは課題を出せって。そしたら来週の月曜にテストを受けさせてやると…そして、その月曜日というのが今日なんだ」
ああ、なるほど。何となく話が見えてきた。だが私達は何も言わずに黙って耳を傾ける。
「でも……!先輩は課題を忘れてきた。やったけど家に忘れたのかもしれないって言うんだ。しかも…今日の授業で使う予定だった教科書も何冊か忘れたみたいで…更には筆箱まで……」
お気の毒に…でも、悪い言い方をするけど自業自得とも言えるんじゃないか?いやいや、早合点するな。学校、もしくはプライベートで嫌なことがあってサボりがちになっていたのかもしれない。いずれにせよ、人の気持ちを軽々しく理解したつもりになってはいけない。
テニス部の東西南北問題に満足した木倉が訊いた。
「お前は何でそんなに必死になってまで北野先輩を助けようとするんだ?あと、北野先輩はどのくらいのペースで学校に来ている?」
「僕は入学したばかりのとき…一年生のときから先輩にはいろいろと面倒を見てもらってたんだ。たくさん助けてもらった。だから、今度は僕が助ける番だ…と、思ってたんだけど…考えてみれば僕にできることはなかったのかもな……」
私は問いかけた。
「学校に来るペースは?」
「ああ、忘れてた。ええと…最近は一週間に一度くらいかな。来ない週もあるんだけど…今朝は朝練をするために部室に行ったら椅子に座ってスマホでゲームしてたよ。それが先輩のルーティンで、この話はテニス部では有名なんだ」
木倉は頷き軽い口を開く。
「なるほど…週一か。ところで西牧、弁慶…じゃなかった…北野先輩はどんなゲームを――」
私はやつの肩にチョップを見舞い抑制する。木倉は「痛いな。何すんだよ立川…」と言いつつ我に返ったようで、「おお、いかんいかん」と自分の頬をぺちぺちと叩いた。そんな木倉を相変わらず冷たい目で東田さんが睨んでいる。私はそんな東田さんに質問する。
「そういえば東田さんは何で北野先輩を助けようとしているんだ?」
東田さんは俯き、腕を組んで言う。
「言う必要あるの?」
あれ?もしかして私も木倉と同じ分類で扱われているのか…。はたまた、こいつと友人というだけでそう見られているのか。私が戸惑っていると西牧くんが笑いながら言う。
「東田は先輩のことが好きなんだよ!」
東田さんは西牧くんをギロリと睨み、やがてため息をついて言った。
「ええ、そうよ。何か文句あるの?」
木倉は邪悪な笑みを浮かべて餌にありつく。
「ほほう、青春だね~不良の先輩に思いを寄せる。俺は素敵だと思うぞ」
東田さんは眉間にしわを寄せ木倉を睨んだ。
「だからアンタに何がわかるっていうの…!それに先輩は不良なんかじゃない!とても真面目で優しい人なのよ………」
真面目か…でも学校を…いや、だめだだめだ。わかったつもりになっては本当に木倉と同じ睨み方をされる。しかし…。
私はふと浮かんだ疑問を述べる。
「真面目というのを疑う気はないんだが…(本当は疑っているのだが)そんな人が課題を忘れてくるというのはおかしくないかな?しかも、テストを受けさせて貰える最後の好機だ。いくら何でもバッグに入れたかどうかの確認くらいするんじゃないか?」
そして付け加える。
「それに、教科書はともかく筆箱まで忘れるなんてことあるのか?」
あるのかもしれない。しかし、腕を組んで考え込んでいた西牧くんの目つきが変わった。
「まさか!そうか、盗まれたんだ!畜生!誰がそんなことを…許せない!!」
私は困惑する。たぶん木倉も同じ気持ちだっただろう。
「ええと…西牧くん?なぜそんな結論に至ったんだい?」
私は西牧くんの豹変ぶりに戸惑いながら問うた。
「さっき朝練があったって言ったろ?先輩がいた時間に僕の他にコートで三人の部員が練習をしてた。きっとそいつらの誰かだ!まだ学校にいるかもしれない、今すぐ問い詰めてやる!!」
「待て!早まるんじゃない!」
椅子から立ち上がった西牧くんを木倉が止める。
私は西牧くんを落ち着かせるようにゆっくりとした口調で言った。
「確かに、その三人の誰かが犯人かもしれない。しかし早計は良くない。西牧くん、その三人が誰だったか話を聞かせてほしい」
西牧くんは拳を固く握っていたが、やがて力が抜けたように椅子に座った。
「ああ。わかった」
西牧くんは再び語り出す。
窓の外はかなり暗くなってきている。東田さんと木倉は相変わらず木緊張感漂うにらめっこをしていた。
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