第2話 触らぬ神に何とやら

 教室内は外よりは幾分かマシな寒さだった。


 今朝のホームルームでは担任が「ここ最近風邪を引いたりして休む者が増えています。君達は高校生なんだから自分自身でしっかりと体調管理をできるよう心掛けなさい」と語った。それから「えー、そして…インフルエンザなんかもね、流行しているので、予防対策をしっかりと行うように」と注意喚起を促す。だったら…この教室の温度はどういうことだ?暖房のスイッチを入れてくれてもいいんじゃないか。私は話を聞きながらうらめしい気持ちでカイロを握っていた。なぜだ、職員室は暖かいというのに…ここは体育館とさして変わらない。暖房がついたのは2限目の終わり頃だった。




 放課後に私達は食堂で雑談をしていた。カップ式ドリンクの自販機で私は七十円を投入し、クリーム多めを設定してコーヒーを選択する。木倉はブラックをチョイス。手短な席を陣取りあーだこーだと議論を交わす。


「だから冬の汁物といったら鍋だろ。豆腐や白菜がとても美味い」


「ノンノン。立川、冬といったらやはりラーメンが最高の季節だと思わねぇのか?」


「お前は夏でもラーメンが最高とか言ってたろ」


「わかってないなー。寒い冬に食らうラーメンこそが至高であると古来より決まってんだよ。そしてセットで食う炒飯もこれまた旨い!」


 まぁ、確かに炒飯も美味いが題は汁物についてだったはずだ。こやつに鍋の素晴らしさをどう語ってやろうかと腕を組んで考えていると、食堂の入口から背が高く大柄な男子と眼鏡をかけた女子、それと細身の男子が何やら揉めながら入って来た。


「先輩!今からでもまだ遅くはありません!さあ、先生に謝りに行ってテストを受けさせてもらいましょう!!」


 細身の男子が背の高い男子の腕を引っ張って叫んでいる。


「うるせぇ!あんなヤローに頭下げるなんざ嫌に決まってんだろ!!」


 背の高い男子が細身の男子を引きずって歩く。


「ちょっと…落ち着きなよ西牧!先輩もお願いですから!」


眼鏡の女子が止めに入る。


 ふーむ。事情はわからんが穏やかなもんじゃないな。まぁ、触らぬ神に祟りなしだ。よし!木倉、ちょいと場所を移ろうじゃないか。と言おうとして隣を見ると木倉がいない。あろうことか、やつは騒いでいる三人に向かって突き進んで行く。ヤメロ、木倉!死んじまうぞ!


 木倉は右手を上げてにこやかに言う。


 「よぉ!東田に西牧じゃねぇか。そちらの弁慶のような屈強そうな御方と喧嘩しても…西牧、お前に勝算はねぇと思うぞ?」


 するとたった今、木倉が弁慶と称した男子が苦い笑いで言った。


 「違う違う、全然喧嘩じゃねぇぞ。ただまぁ…俺がちょっと問題なだけさ」


 眼鏡の女子が木倉に向かって言い放つ。


 「アンタには関係ないことよ」


 やっぱりどこか穏やかな話じゃなさそうだ。私は木倉の側に行き、問いかける。

 

 「知り合いか?」

 

 「ああ、眼の前のコレは東田。それと、そこの弁慶殿にしがみついてる西牧は同じクラスなんだ」


 木倉は順番に指をさす。「眼の前のコレ」呼ばわりされた女子が突っかかる。


 「何よ、コレって!何なのよ!!」


 おおう。触っちゃだめな神は一人だったか。この眼鏡女子こと東田さんと細身男子こと西牧くんは木倉と同じクラスか。ではこの弁慶殿はどこのどなただ?


 私は弁慶男子の襟元を見た。校章によると三年生のようだ。なるほど、弁慶男子改め弁慶先輩のようだ。そんなことを思っていると木倉が弁慶先輩に問いかけた。


 「失礼しやした。先輩でしたか。んで、何かあったんすか?」


 こいつは自分から炎に突っ込むのか。先輩の隣で東田さんが睨んでるぞ。先輩は「あぁ、まぁな…ちょっと、いろいろあってな…」と言って頭に手を当てる。こいつにデリカシーがなくてスイマセン。私は木倉に言ってやる。


 「おい、これ以上人様の事情に土足で踏み入ろうというのは――」


 「頼む!聞いてくれ木倉!先輩が大変なんだ!!」


 私が言いかけたのを遮ってずっと黙っていた細身男子の西牧くんが大声を上げた。すかさず先輩が言う。


 「西牧、もういい、俺はもういいんだ。大人しくこの後の流れに流されることにする」


 「ダメに決まってるじゃないですか!僕も一緒に行って謝りますから!!」


 「お前には関係ないことだ。頼むからそろそろ離してくれ」


 先輩は西牧くんの振り払いアイスクリームの自販機の前まで行くと百五十円を投入し最中アイスのボタンを押した。出て来たアイスを掴み、諦めない西牧くんを再び振り払い食堂を出ていってしまう。東田さんは何も言わない。


 床にころがっている西牧くんが悔しそうに呟く。


 「くそっ、先輩…!何か手はないのか……?」


 その様子を見た木倉が手を差し伸べて言った。


 「立てよ。さっき言ってた話ってやつ、聞かせてくれないか」


 「……!」


 西牧くんは木倉の手を取り、まるで嘘のない笑顔で言う。


 「ありがとう木倉!お前、僕よりテストの点が高かったろ!頼む、先輩を助けてくれ!!」


 木倉は西牧ではなく私を見ていた。「お前はどうするんだ?」と言いたげに。わかったよ、面倒事は好みではないが私も本当に困っている人を見捨てようというほど非情な人間ではない。


 斯くして私達は西牧くんの…いや、正確に言えば弁慶先輩の問題に片脚を突っ込むことになった。


 


 


 


 



 


 


 



 


 


 


 


 


 




 














 

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